果たして、彼女は俺との関係性をきちんと把握出来ているのだろうか?
今までのような、単に師範と継子の間柄だけでは無いのだと、その身をもって教え込まなければ理解出来ないのだろうか?

“今夜、俺の部屋へ来てくれ”

夕食の片付けをするなまえにそう告げると、彼女は無警戒で疑りもせず満面の笑みで「分かりました」と答えた。
俺がどういうつもりでそんな事を言ったのか、きっと……いや、絶対に理解していない。

晴れてなまえと恋人同士になり、彼女は自分のものだと知らしめる権利を得て、不満などただの一つもないと思っていた。
今だってなまえの事は愛おしくて堪らないし、何人たりとも譲るつもりもない。
言ってしまえば、一生涯離してやるつもりはないとすら思っている。

けれど、たった一つだけ湧いてでた不満とやらが、まさかこうも恋人と言う関係の根底を脅かすものだったなんて誰が思う?
こうして長ったらしくダラダラと語ってきたわけだけれど、要するに何が言いたいのかといえば、なまえは、些か鈍感が過ぎると言う事だ。
俺は聖人君子でもなければ、無欲な人間でもない。

今だって部屋を訪ねてきた彼女をどうやって喰ってやろうか……その算段を立てているのだから。

「炭治郎さん、なまえです。失礼します」
「呼びつけてすまなかったな、なまえ。こっちにおいで」

約束通り、なまえは俺の寝室を訪れた。何の疑いもなく、無警戒で。
それはそれで男として複雑であるが、しかし、今日は何があろうと逃さないと決めているから。

寝間着に身を包んだ彼女は、風呂から上がったばかりなのか、熱った肌と湿った髪がやけに艶かしい。
ドクン――、と心臓が大きく跳ねて、彼女を求める欲が腹の底から迫り上がってきた。
十五の頃を思うと、この三年と言う月日は彼女を一人の女性として成長させるには十分であったらしい。
促されるまま素直に俺の傍へ来てニコリと笑うなまえはやはり、無防備だった。

「どうしたんですか? あ、もしかして炭治郎さん、一人で寝るのが寂しいんですか?」

なまえは悪戯に表情を綻ばせて問う。

そんな訳があるか。
寂しいだなんて俺をいくつだと思っているのだろう……。

しかし、そこでいつものように言い返せば、普段と何も変わらない。俺は、彼女の手を取って、その甲へそっと口付ける。
いつもとは違った雰囲気を感じ取ったのか、なまえは固まってしまった。

「……ああ、そうだ。なまえの温もりが恋しくて寝付けそうにない。だから今夜は一晩中、俺の傍にいてくれるな?」
「へ? あのっ……師、範」
「こら、なまえ。呼び方がなってないぞ?」

戸惑う彼女の手を引いて、胡座をかく俺の膝に座らせるなり逃さぬようその細い腰へすかさず腕を巻き付けた。

いまいち名残が抜けきらないのか、彼女は偶に俺を師範と呼ぶが、これから閨事をしようという時に流石にそれでは味気ない。
柔らかな唇を指の腹でなぞって咎めると、控えめに動いた唇が俺の名を遠慮がちに呼んだ。

「二人きりの時はどう呼ぶか教えたろう?」
「た、炭治郎さ――んぅ……は、ぁ」

その響きすら俺を堪らなくさせる。
温もりが恋しい。仕草の全てが愛おしい。
鼻先が擦れて、そのまま――俺の名を紡ぐ柔らかな唇へと喰らい付いた。
舌を差し入れて、唾液を通わせ、ピタリと隙間なく唇を合わせれば、もうどこからも彼女を取り溢す事はない。
ピクリと震える華奢な体躯を、今夜はとてもじゃないが放せそうになかった。

「……なまえ。今夜、お前の全てを貰ってもいいだろうか?」
「はい……炭治郎さん。うんと独り占めして下さい」
「! ……はは。それは、堪らない殺し文句だ」

嗚呼、全く……。
もし、仮に彼女も端からそのつもりで俺の部屋を訪ねて来たのなら?こうなる事は承知の上だったとするなら?
だとすればとんだ食わせ者であるが――しかしながら今は、ただただ何も考えず、この愛欲に耽っていたい。

20200627(20240722加筆修正)
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