「……炭治郎、ちょっとは落ち着けって。今日帰るって手紙が来てたんだろ?」
「ああ。そうなんだが……でも、帰りに何があるか分からないし……」
「いやいや、心配しすぎだわ。なまえちゃんももう十八だぞ? 迷子になんかなんないって。お前さ、ちょっと過保護過ぎない?」
「いや……なまえの場合、迷子というよりも誘惑に弱過ぎるというか……やっぱり、途中まで迎えに行ってくる」
「あのなぁ。お前、それは流石に――」

善逸は、俺に呆れながらも言葉を途中で切り上げた。
それは彼と俺が総じて“同じ者”を聞きつけ、嗅ぎつけたからである。
「んじゃ、その過保護も程々にねー」なんて、気を利かせて踵を返す善逸に俺は返事をして、やがてその角を折れた先から現れるであろう姿に頬を緩めながら今か今かと待ちわびる。
そして、間を置かずなまえの姿が視界に入った。

「なまえ」
「あ! 師範ーっ!」

二週間前俺の元から発った継子の帰還を迎える様にゆったりと手を広げると、なまえは表情を綻ばせて此方へと駆けてくる。
彼女は数歩手前で何の躊躇いもなく地を蹴ると、その華奢な身体がふわりと舞って広げた腕の中へと降り立った。
胸に飛び込んできた温もりが堪らなく愛おしい。存在を噛み締めるように、包み込む腕に力を込めた。

「ただいま戻りました!」
「お帰り、なまえ。任務お疲れ様。よく頑張ったな」
「はい! 早く炭治郎さんに会いたくて、急いで帰って来ましたよ! 偉いですか?」
「はは、そうか。じゃあ、これは何だろうな? 急いだ割に口元に“土産”が付いてるぞ?」
「え!?」

俺はニコリと笑んで、彼女の唇の端についた餡を指で掬い、それを眼前に示すと可愛らしい表情が途端に動揺に塗れる。苦笑いは肯定。
まあ、問い質さずとも、俺の場合は匂いで分かるけれど。
意地らしい事を口にするわりに、俺の継子は相変わらずちゃっかりしていた。
三年という月日が流れても相変わらず好物の団子には目がないし、無邪気な笑顔も、愛らしい仕草も――なまえの根幹は何も変わらない。
そして、唯一の変化を見せる、俺を“師範”から“炭治郎さん”と呼び変えるその声も。
彼女の全てが総じて愛おしい。

嗚呼、やっと手に入った。
俺の大切な継子であり、掛け替えの無い俺だけの可愛い女の子。

「大丈夫ですよ! 炭治郎さんの分もちゃんと買って来ました! 屋敷に戻って一緒に食べましょう」
「まさか、まだ食べるのか?」
「だって、一本しか食べて無いですもん……」
「やっぱり食べたんだな……全く。お前はいつも我慢が出来ないのだから……はぁ」
「味見は大事ですよ! それに、好物は大好きな人と一緒に食べると美味しさが二倍になるじゃないですか」
「!」

お前はまた、性懲りもなく俺を堪らない気持ちにさせて――。

これ以上の説教も、小言も、彼女が俺の手に添える指先に纏めて絡め取られてしまって、困った風に笑うしか出来なくなってしまう。
日柱ともあろう者が、情けない。
けれど、そんなものだ。俺は鬼殺隊の日柱・竈門炭治郎であるけれど、なまえの前ではただの一人の男である。彼女はこうも容易く俺を暴いてただの男にしてしまうのだから、敵わない。

「早く屋敷に帰りましょう!」
「ああ、そうだな。帰ろう」

いつもの屋敷に一緒に帰ろう。

一回り小さなこの手を、この先も決して放す事がない様に、俺はぎゅうっと握り返す。
此方を見上げた恋人に触れるだけの口付けを一つ落として、微笑んだ。
願わくば、この安寧が幾重にも重なっていつまでも続いて行きます様に。
そして、その傍にいつもなまえが寄り添っていてくれるなら、これ以上の幸福はない。


20200510(20240709加筆修正)
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