■生存・成長if


見てはいけないものを見た気がして思わず隠れてしまったのだけれど、間違いなくあれは愛の告白だったと思う。

つい先程、たまたま無一郎くんの姿を街で見かけた。
声を掛けようとした所で、それこそ私の目の前で、見知らぬ女性が無一郎くんに声を掛けたのだ。
その女性の雰囲気がただならぬものだったので、堪らず二人の後を追いかけた。

その後は想像通り。現在進行系で物陰に身を潜めて耳をそばだてているのだが、如何せん離れ過ぎていて、二人が何を話しているのかまでは聞き取れない。

そもそも私は無一郎くんの恋人なのだから、こんな風にコソコソと物陰に隠れていないで堂々としていればいいのだ。
別に無一郎くんの気持ちを疑っているわけでもない。
それでも、気になって後を付けてしまうのは、私自身の気持ちの問題なのだろう。

――好きだから、不安になってしまう。

恋心とは複雑怪奇な代物であるらしい。

「もう出てきていいよ、なまえさん」
「うわあああ!」

感傷にふけっていたせいで、無一郎くんの存在に気付けず、驚きのあまり尻もちをついてしまった。
「盗み聞き?」と、戯けたように言う無一郎くんは、私の腕を引く。
着物の裾に付いた土埃を払ってくれる彼に、怖ず怖ずと問う。

「よくあるの? ……こういう事」
「え? うーん、まあ……たまにかな」
「そっか……」

月日が経つのは早いもので鬼殺隊が解散してから数年、少年だった無一郎くんも今ではすっかり青年と呼べる歳になった。
そして、月日というものは時に残酷で、可愛らしかった無一郎くんは秘められた可能性を惜しみなく発揮して、この数年で誰もが振り返る美丈夫へと変貌を遂げてしまったのだ。

「心配?」
「人並みには」
「人並みなの?」
「…………すっごく心配、デス」
「あはは。今日は素直だね」

だって、未だに信じられない。
無一郎くんがずっと私に懸想していただなんて。
街で偶然再会し、想いを告げられて好い仲になっても心労は尽きない。
先程のような事が往々にしてあるのだと知った今、笑い飛ばして終わりだなんて、とてもじゃないが出来やしない。

「大丈夫だよ。何も心配いらない。だって僕にはなまえさんだけだもの」

言って、無一郎くんはそっと私を抱きしめる。
包み込むように回された腕はどこまでも優しく、私を見つめる眼差しは情愛に満ちていた。

「本当に?」
「勿論。何なら、今ここで証明してみせようか?」
「へ?」

愛おしげな表情から、少し意地悪なものに変化する。
その表情はいつも肌を重ねる時に見せる、妖艶さを纏っていた。
体を包み込んでいた腕はゆるりと腰を撫で、端正な顔が近付き鼻先が擦れる。

それらは情事を連想させるには十二分すぎた。
途端に大きく心臓が跳ねて、頬に熱が集まる。

「なんてね。冗談だよ」
「も、もう! 驚かさないでよ……」

戯ける無一郎くんは、少しばかり幼さの混じる笑みを浮かべた。
日が高いうちに睦み合うなんてとんでもない。恥ずかしい。
しかも、いつ誰の目に触れるかも分からないこんな場所で。

「当たり前だよ。なまえさんの可愛い姿を他人の目に触れさせるなんて癪に障るもの」
「んなっ!」
「あれは僕だけのものだから。絶対にダメ」
「無一郎く――っ、」

再び顔が近付いて、触れるだけの口付けが落とされた。
「続きは屋敷に帰ってからね」と妖艶な笑みを浮かべる無一郎くんを視界に捉え、私は彼に一生敵う気がしないなと、改めて思い知ったのだった。


20240801

【お題】
生存・成長無一郎くんに翻弄されたい。
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テーマ「推しとの恋」
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