今日も傍らからは熱視線……と呼ぶには些か不穏な、企みを過分に含んだ眼差しが注がれていた。

「あのぉ……宇髄さん」
「ん? 他に食べたい物があるなら好きに頼め」
「いや、そうではなくて……」

この伊達男に見つめられて頬を染めず、黙々と食事をとるなんてきっと私だけに違いない。
それは偏に、私が彼の顔面に多少なりとも耐性がついているだけの話だ。

何を隠そう、私は彼の元継子――そう、“継子だった”のだ。

宇髄さんが遊郭で上弦の鬼と対峙した時、私は彼の継子でありながら別の任務についていた。
そして、私が彼の事を知ったのは帰還後のことだった。左眼は潰れ、左手を欠損してしまった尊敬する師範の姿――今でも目に焼き付いて離れない。
その後程なくして身を引いた宇髄さんと同じくして、私は継子の任を解かれてしまったというわけ。

『お前は、俺が手塩にかけ育てた隊士だからな。何も心配しちゃいねぇ。だが、一つだけ肝に銘じとけ。……何があっても死ぬな。手足がもげても、俺の元に帰って来い』

そんな別れの言葉を添えて、頭を撫でくり回されたあの日の事は今でも鮮烈に覚えている。
かつての師の言葉を借りるなら、ド派手に焼き付いていた。


“師範”から“宇髄さん”と呼ぶ事に少しの違和感を覚えつつ日々を過ごす中、近頃矢鱈と任務帰りに宇髄さんと出会すようになって、その度にこうして食事や甘味をご馳走になっていた。ちなみに今日は餡蜜。

「最近、ご馳走してもらってばかりですけど……何か企んでます?」
「あ? 別に企んでねぇよ。失礼な奴だな」

心外だとばかりに此方を見下ろす宇髄さんは、私の口元についた餡を指の腹で拭う。
それを何の躊躇いもなくぺろりと舐め取って、「まあ、そうだな……」と思案顔で呟いた。

「強いて言うならあれだな。求愛給餌ってやつ」
「ぶっは! き、求愛っ……給餌!?」
「おっと」

驚きのあまり口に含んだ餡蜜を吹き出すかと思った。
思わず手に持っていた器を落としてしまったのだけれど、それは持ち前の反射神経で宇髄さんが掴んでくれる。

「ははっ。いいねぇ。期待を裏切らねぇ反応だ」
「ちょ、からかわないでもらえます!?」
「からかっちゃいねぇよ。大真面目だ」
「尚更悪いです! 最悪です! ――んぶ、」
「んな可愛げのねぇ事を言う口はこれかぁ?」

宇髄さんは私の頬を掴み上げて弄ぶ。頬の感触を楽しむかのようにムニムニと強弱をつけながら。
その度に蛸のように唇が突き出てしまって、滑稽な事この上ない。

散々弄んで漸く満足したのか、宇髄さんは手を止めて急に真剣な顔をするものだから、私もつい手を払い除ける事を忘れてしまった。
落ち着いた心地の良い低音が耳に届く。

「惜しくなった」
「?」
「お前を他の男にやるのが、惜しくなった」

突然、真剣な眼差しで見つめないで欲しい。
本気にしてしまいそうになる。

「こ、困ります!!」
「なまえ」
「だって……そんな事言われたら……意識しちゃうじゃないですか。ほ、本気にしちゃいそうになるから……!」
「だから、さっきから本気にしろって言ってんだろ? ド派手に意識しろ――俺以外なにも見えなくなっちまえ」

もう、とっくに餡蜜どころではなくなっていた。
餡蜜よりも甘い――甘ったるい言葉の数々で私の心は蕩けてしまったのだから。

「もう……。本当、強引ですね」

それに、いくら抵抗したところでそれは徒労に終わる事など目に見えている。
継子として彼の背中を追う中で、宇髄天元という男を嫌という程に知った私なのだから。


20240730

【お題】
宇髄さんに甘ーい台詞で口説かれたい。
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