「無一郎くん、ほんっっっとうに可愛いねぇ」
「……」

男に女物の着物を着せて、化粧を施して……一体何が楽しいのだろう?
可愛い可愛いと褒めそやされる気分を一言で表すなら“最悪”だった。
よりにもよって好意を寄せる相手に着せ替え人形にされるなんて。

勿論、趣味でこんな格好をしている訳じゃない事は声を大にして主張させてもらうけれど、しかし、いくら仕方がない事だと言われても僕の心中は穏やかではなかった。

――遊郭への潜入任務。

それだけでこの件に誰が噛んでいるかなんて言わずとも分かるだろう。そう、宇髄さんだ。
そして、僕がこんな格好をする羽目になった経緯は一から話すのも面倒なので端折って掻い摘んで説明すると、元々この任務を押し付けられたのは僕ではなく彼女だった。
僕は偶々その場に居合わせただけ。
事情があれど、思い人が男女の愛憎渦巻く遊郭に潜入だなんて納得出来なかった僕は、代わりを買って出たと言うわけだ。

そして今、僕はそれを酷く後悔している。

「……ねえ、そんなに楽しい?」
「うん、楽しい! やっぱり元々の素材が良いから。無一郎くん可愛い! 最高!」
「そんな事で褒められてもちっとも嬉しくないんだけど」
「まあまあ。あとは紅を刺したら完成だから」
「はぁ……分かったから早くして」

花柄の淡い色味の着物に身を包み、髪を結い上げて簪を刺し、化粧を施す。
自分では出来ないから彼女に着付け役を頼んだのだけれど、直ぐにそれは失敗だったと後悔した。
だって、こんな風に近い距離であれこれ触れても彼女は至って普段通りなのだ。
顔には出さないが彼女の指先が触れる度、至近距離で見つめられる度、僕は落ち着かないし心臓が早鐘を打って胸が苦しい――僕だけ、こんなにも。

仕上げと言って、なまえは薬指で紅を掬うと、そのまま僕の唇に伸ばした。

「あ、少し濃くなったかも……ちょっと待って、ね――っ」

とうに我慢の限界を超えていた。
唇を彼女の指先が滑った瞬間、色々と押さえこんんでいた感情が堰を切って一気に溢れ出す。
彼女の頬を両手で包み込んで、そのまま唇を重ねる。

「ん、はぁ……むむむ無一郎くんっ!?」
「こうした方が早いと思って」

呆気に取られた彼女を押し倒すことは存外容易かった。
そのまま縺れるように畳へ傾れ込んで、今一度軽く唇を奪った後、紅が移り赤く色付いた彼女の唇を指の腹でなぞる。

「なまえの方が似合ってるよ。綺麗」
「っ! ちょ、早く起きないと着物が皺になるよ?」
「……」
「無一郎くん?」

こんな状況でも着物や髪の事を気にかける余裕があるのか、それともよっぽど僕は彼女の目に男として映っていないのか……。
仕方がない。こんな格好では男も女もあったものではない。

「着崩れたらなまえが直してよ」
「え?」
「こんな格好までして君の代わりに遊郭へ潜入するんだから、それなりの対価をもらわなくちゃ割に合わない」
「それは、その……」
「大丈夫だよ。時間はまだあるんだし」

瞬く瞳に僕が映る。
指を絡めてきつく握ると、なまえは頬を赤く染め上げた。
きっとそれは先程までとは違った意味で映し出されている事だろう。


20240808

【お題】
夢主に意識してもらいたい無一郎くん。
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