明日は早朝に屋敷を発つからね。
確かに僕はなまえにそう伝えた筈なのに。

如何せん先程から背に刺さる視線が気になって寝るに寝れない。
もう夜はすっかり更けたと言うのに、いつまで彼女は僕の部屋に居座るつもりなのだろう?

「ねぇ、さっきから何なの?」
「へ?」
「惚けないでよ。さっきから人の事ジロジロ見ておいて。何か言いたいことがあるなら言えば?」

ここまでお膳立てをしてやって、なまえは漸く僕の問いに答える。
何だか少し気恥ずかしそうにしているが、先程も言ったけれど僕はもう寝たいのだ。
彼女のそんな踏ん切りの付かない仕草は苛立ちを増幅させているだけなのだと、さっさと気付いて欲しい。

「髪、結って寝ないのかなと思って」
「髪? 別にいつも結ってないけど」
「え!? そうなの? 無一郎くん髪の毛長いのに……よく絡まったりボサボサになったりしないね」

そう言うだけあってか、なまえは長いその髪をきちんと結っていた。

「別に絡まないし、気にもならないから。なまえはどうして結って寝てるのに毎朝髪が爆発してるの?」
「……ははは。何故でしょう?」

毎朝その例を見ているからか、余計に必要性を感じない。
はい、だから話はもう終わり。そんな風に切り上げると、これまたあからさまに物言いたげな顔をするから、いよいよ面倒臭くなって、僕は彼女の額を指で突く。

「明日、早いって言ったよね?」
「う!」
「また置いてけぼりを食いたいの?」
「あう!」
「足手纏いの継子なんて要らないんだけど?」
「うぐ!」

ドスドス容赦無く小突いて、精神的に追い詰めた所で、漸く彼女は観念して口を開いた。
睡眠時間を削ってまで粘るのだから、さぞかし大層な理由があるんだろうね。

「無一郎くんの髪を……結ってみたくて」
「……」

どこまでもくだらなくて、心底どうでもいい事柄だった。

「それ、今必要?」
「あ、えっと、だからその……」
「(だから、あえて態と寝る前になって部屋を訪れたって魂胆か……)」

まあ、はなから期待はしていなかったけれど。あっちの可能性は。

僕は、溜め息を吐きながら身体の向きを反転させた。
彼女の方に背を向けて、至極面倒臭そうに吐き捨てた。

「さっさとしてくれない?」
「え! いいの……!?」
「駄目だったら背なんか向けないよ」
「あ、ありがとう!」
「うん。早くして」

「わぁ、サラサラ……」なんて、感嘆の声を上げる彼女に僕は小さく笑んだ。
勿論、彼女には見えない角度で。

「誰かに髪を結って貰うの、初めてかも」
「そうなの? 無一郎くん普段も髪下ろしてるもんね」
「誰かに髪を触られるのって、あんまり好きじゃないから。別に髪だけに限った話じゃないけど」

「ご、ごめ、なさ……」と、絶望に打ち拉がれた顔面蒼白の彼女が手からバラバラと僕の髪を溢した。
嗚呼もう、折角纏めていたのにまた初めから。
僕の恋人は、リアクションが逐一面倒臭い。
そもそも嫌なら触らせていないし、結うなんて面倒事を許すわけが無いのに。何で分かんないんだろう?

「だから、なまえは特別」
「っ! う、うん……うんっ! ありがとう! ……特別かぁ。うへへ」
「いいから、まだ結えないの?」
「うん! すぐ結うね!」

髪を纏める彼女の指先が首へ微かに擦れて、妙に擽ったい。
それに、やっぱり人に髪を弄られるのは慣れない。不思議な感覚だった。

「はい。完成」
「……お揃い?」
「うん! 折角だからお揃いにしてみたよ。どうかな?」

なまえと揃いのように、片方へ寄せた髪が下の方で緩く紐で結ばれていた。
彼女は右側、僕は左側。
偶には悪く無いかな……と、思う。
なまえがそんなに嬉しそうな顔をするのなら、偶には付き合ってやってもいいか。

僕は、片手を畳に付いて身体を前のめりに傾ける。
もう片方の手は、彼女の頬へ添えた。
ちゅっと、触れるだけの口付けを贈ると、彼女は瞠目したまま固まった。
口付けをする時くらい目を閉じればいいのに。

「お礼。髪、結ってくれてありがとう」
「……く、苦しゅうない」
「は?」

僕はいつ君の家来になったんだよ。この、へなちょこ主君め。
何だか気に食わなかったので、この後物凄い口付けを献上してやると、なまえは鼻血を垂らして卒倒した。
彼女をのして胸がすいたので、これで漸く心置きなく眠れそうだ。
気絶したなまえを腕に抱いて、額に口付けを一つ。

「おやすみ、なまえ。また明日」

また明日。
明日も屈託のない笑顔と、心を解すの数多の言葉で、僕を存分に彩って欲しい。
だってほら、なまえが隣にいるだけで、僕の世界はこんなにも鮮やかなのだから。


20200509
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