風に煽られた洗濯物がはためく様を、私はかれこれどのくらいの間眺めているのか知れない。
言わずもがなその洗濯物は無一郎くんの物で、私を優にひと月屋敷に置き去りにしている彼は何と鬼畜なのだろう。

「無一郎くんが足りない……」

目には隈、口を開けば無一郎くん。彷徨う姿は亡霊の如し。
彼と最後に交わした言葉と言えば「何この海水みたいな味噌汁」だった。辛い。

しかし、師範が不在だからといって、私が継子だからといって、決して任務が無いわけではない。
単独任務も合同任務も彼が留守の間に幾度となくこなした。
する事がなく、待ち惚けていたわけでは無いことは、努努忘れないで欲しい。
それでもやっぱり屋敷に戻ると独りぼっちだし、目を覚ましても独りぼっちだし、屋敷に無一郎くんの気配が其処此処に感じ取れるのに、本人が不在であれば、それはただの生き地獄である。

無一郎くんに会いたいなぁ……。それは至極自然に浮かんだ感情だった。

そんな感情を、無一郎くんロスを、胸に抱く私が取った行動と言えば――そのはためく洗濯物、正確には彼の隊服へと手を伸ばす事だ。
朝から干していたソレは、風と通気性の良い繊維質も手伝って昼を回った頃にはもう乾いていた。

物干し竿から取り外すと、私はソレをぎゅうっと胸に抱いた。
石鹸に混じる仄かな無一郎くんの香りが鼻を擽って、胸がきゅんと鳴り、甘い痺れが身体中を駆け巡る。
くんくんと隊服に顔を埋めて香りを堪能するのは流石に変態の所業であるし、その様を無一郎くんに目撃されようものなら、きっと何か別の生き物でも見るような目を向けられるに違いない。
でも、仕方が無いじゃないか。無一郎くんロスなのだもの!恋しいんだもの!
ここは霞柱邸だから誰かに見られる心配もないし、ならばいっそ心が欲するままに無一郎くん(の、隊服)を堪能してやろうと開き直った変態継子が其処にいた。うん、私だ。

変態思考は止まる事を知らず、しっかり匂いを堪能した後は、言わずもがな今度はソレを身に纏ってみたくなる。
ここには私一人だけなので、この行いを止めてくれる人は誰もいない。
欲望のままに、その隊服へ袖を通した。

「わあ! 大きい……!」

感嘆の声を上げる。
そもそも私より体格の大きな無一郎くんでさえダボダボした仕様になっているのだから、ソレを私が着込んだところで隊服は更に大きく感じられるに決まっている。
始めこそ“彼隊服”を楽しんでいた私だったけれど、身動きを取る度に仄かに香る無一郎くんの匂いに、突然恥ずかしさが込み上げて来た。
頬が真っ赤に染まる。だって、これはまるで無一郎くんに抱きしめられているみたいだ。

着込んだ隊服の前を隙間無く閉めて、彼の匂いに塗れる。
目を閉じてみれば「なまえ」と、彼に耳もとで名を囁かれている様に感じられ、堪らなくなる。

「なまえ」
「うへへ……」

嗚呼、もっと名前を呼んで貰いたい。あわよくば好きだよと、甘い言葉が聞きたい、な――あれ?

「なまえ。ちょっと……さっきからずっと呼んでるんだけど?」
「……へ?」

そこで漸く私の意識は妄想の世界から現実へと引き戻される。
無一郎くんだ。無一郎くんの声が、背後から聞こえる。
ぜんまい仕掛けの絡繰人形のような動きで、恐る恐る振り向いた。

「オ、オ帰リナサイマセ師範。……早イオ帰リデ」
「うん、ただいま。なまえは随分と楽しそうな遊びをしてるね。僕の隊服を嗅いだり、着込んでみたり……満足?」
「ハイ、ソレハモウ。大変有意義ナ時間ヲ過ゴシテオリマシタ」

全て、見られていた。隊服に顔を埋める所から、全て。要は初めから。
一体私は彼にこれからどんな罵詈雑言を浴びせられるのかと絶望する。だって普通に嫌だろう。変態な継子兼恋人なんて。

けれど、私が思っている以上に、彼も“私と同じ”だったらしい。
いつまでも首だけを向けて突っ立ったままの私に痺れを切らしたようで、数歩大股で歩んで僅かな距離を詰める。
そして、今度こそ本物の無一郎くんの温もりと香りに包み込まれた。

「! む、むむむ無一郎くんっ!?」
「そんなので満足って……ムカつく」
「え゛!?」

彼の隊服に身を包んで、その上から本人に抱き締められている。
少し不貞腐れたように囁かれた言葉と共に、私の顎を救い上げる無一郎くんの表情は、年相応のむくれた表情をしていた。
「僕は此処だよ」と、言葉を紡いだ唇が私のソレにそっと重なった。

「ただいま」
「あ、お、お帰り……! 無一郎くん!」
「好きだよ、なまえ」
「へ!?」

ぶわっと顔に熱が集まって、茹で蛸の様に赤くなる私を見て、無一郎くんはクスクスと可愛らしく笑った。

「だって、凄く言って欲しそうな顔してた。違う?」
「っ、違わない……です」

てっきり私への罵詈雑言で始まる再会かと思えば、無一郎くんは寸分違わぬ私の欲する言葉をくれるので、堪らず彼の胸に顔を埋めたのだった。

嗚呼、本当……敵わないなぁ。まぁ、敵ったことなんて一度も無いのだけれど。


20200429
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