「ねえ、流石にちょっと食べ過ぎじゃない?」

往来に面した甘味処の長椅子にて、傍で団子に齧りつく私を見るなり無一郎くんは呆れたような口振りで言った。

両手に団子、そして傍に置かれた皿にはまだ何本も手付かずで積まれた団子が私に食べられるのを今か今かと待っている。

嗚呼、両手に団子を持って交互に齧りつくだなんて、こんな贅沢が許されていいのだろうか?
許されていい。
怒涛の連続任務でろくに休む事も出来ず次から次へと鬼を狩り続ける激務をこなしたのだから、ご褒美の一つくらいあってもいい筈だ。疲れた時は甘い物に限る。

それに、今の季節は食欲の秋とも言うのだから、存分に堪能しなくては損だと思う。

「無一郎くんも食べる?」
「いらない」

咀嚼していた団子を嚥下して皿を差し出すと、いかにも嫌そうな声音で即答されてしまった。
こんなにも美味しいのに勿体無い。

「期間限定のお芋味だよ?」
「いらないよ。僕は抹茶で十分だし、君が食べてるのを見てるだけで胸焼けしそう」

生地にさつま芋が練り込まれた団子は仄かにさつま芋の優しい味がして、上に乗った餡子と合わさって絶妙な味わいを醸し出している。
これなら際限なく食べられそうだ。

次の串に手をかけた時、不意に傍から刺さるような視線を感じる。
その視線は言うまでもなく無一郎くんが私に向けているもので、茫洋とした瞳に捉われた直後、徐に彼の手が此方へ伸びる。

「あの……無一郎く――うい゛!?」

頬に触れた指先が、そのまま頬肉を抓り上げた。
思わず変な声が漏れてしまう。
そんな事など気にも留めず、無一郎くんは抓った頬をそのまま横方向へ引き伸ばした。

「やっぱり。最近、太ったよね」
「へえ!?」
「ほら、ここも。ここも、ここも。贅肉が付きすぎだよ」
「んぜっ、ぜ、贅肉……!」

無一郎くんの放った言葉は、まるで雷にでも打たれたような衝撃となって頭の先から背骨を通過し、爪先へと抜けていった。
持っていた団子の串を膝の上に落としてしまうくらいには衝撃的で、呼吸すら忘れて固まった。

どこそこと言いつつ腕、脇腹、隊服の裾から覗く太ももに至るまで、私のふくよかな肉――基、贅肉を摘み上げながら無一郎くんは指摘してゆく。
全身くまなく暴かれたこの身体の触り心地の変化において、彼の右にでる者はいない。
つまりは、その無一郎くんが苦言を呈するほど私の身体は肥大化しているらしかった。

無表情で歯に衣着せぬ物言いで的確に指摘してくるものだから、凶器となった言葉がグサグサと容赦なく私の心に突き立てられる。

「む、無一郎くん……せめて遠回しというか、婉曲に……指摘してくれませんか?」
「遠回しに……」

私だってこれでも一応年頃の娘なのだから、太っただの贅肉が付いただのとはっきり告げられてしまったらショックを受けてしまうものだ。
無一郎くんの言葉はもっともであるけれど、もう少し心遣いというか、気遣いが欲しいと思ってしまう。

無一郎くんは私の言葉を反芻して暫く黙考した後、こてんと可愛らしく小首を傾げて言った。

「最近のなまえは、どこもかしこも大福みたいに柔らかいね」
「だ、大福……!」

沈思黙考した割に、贅肉が大福に変わっただけだった。
ちょっと可愛らしくはなったけれど、悪意がちょっとだけ増したようにも思えた。
確かに贅肉より大福の方が婉曲であるかもしれないが、しかし、私の心を再度存分に抉った事には変わりなかった。
二重で傷付いた。

「食べないの?」
「流石に食べれないよ……包んでもらう」
「(結局、持って帰って食べるのか)」

流石の私でも、贅肉を掴まれて団子を食べる気分にはなれなかった。
大福のようだと比喩された以上、大福の私が団子を食べるなんて、まるで共食いのようではないか。

確かに無一郎くんの指摘通り、最近少し太ったと思う。
摘める肉の量が気持ち増えたし、隊服がちょっとキツく感じるだけに自覚はあった。
でも、食べ物がおいしいのだもの。仕方がない。
実りの秋=食欲の秋。秋は誘惑が一杯なのだ。

店主を呼んで団子を包んでもらう最中、無一郎くんは尚もじっとこちらを見つめてくる。
今度は何を言われるのかと身構えていると、彼はいつもの調子で「じゃあ、」と口を開く。

「屋敷に戻って、二人で運動する?」
「ふ、二人で……運動?」
「流石に今日はもう任務は入らないだろうし、性懲りも無くまた蓄えたんだから消費した方がいいんじゃない?」

屋敷に戻って二人で運動……二人で、“運動”。
何だか意味深な響きに聞こえてしまい、一呼吸置いて顔を真っ赤に染め上げた。

だって、それってつまり、そういう意味でしょう?

「ちょ、やだ、無一郎くんってばこんな所で! まだ日も高いのに……」
「は?」
「本当は、もうちょっと暗くなってからの方がいいんだけど、でも、無一郎くんがどうしてもって言うなら……」
「……」

一人で盛大に盛り上がって照れる私と、瞬き一つせず無言を貫く無一郎くんの温度差が気掛かりだが、まあいいだろう。
私達の温度差はいつもの事だ。
包んでもらった団子を手に、甘味処を後にした私達は寄り道もせず真っ直ぐ家路についた。

***

べしゃりと汗に塗れた身体を、道場の床に投げ出して思わず嘆く。

「思ってた運動と違う!」
「何言ってるの。なまえが勝手に勘違いしたんでしょ?」

ゼエゼエと全身で呼吸をしながら、限界を迎えた私の身体はもう指一本動かせる気がしなかった。
道場のひんやりとした床板の感触が火照った身体に心地いい。

そして、言うまでもなく無一郎くんは汗一つかいていなければ、呼吸一つ乱れていない。
涼しい顔をして私を見下ろしている。
ここでも私達の温度差はありありと見て取れた。

「もう無理……動けない……」
「明日もやるからね」
「ひぃっ! し、死ぬ……!」
「大丈夫だよ。この程度じゃ死なないから」

汗だくになって、動けなくなるまで打ち合うこの鍛錬は一週間、いや、三日で元の体型に戻れそうな運動量だった。

すっかり日も傾いて、道場の格子窓から夕日が差し込んでいる。
正直もう一ミリも動けないし、指先一つ動かす事すら億劫だが、汗を流さなくては風邪を引いてしまいそうだ。

持てる力を振り絞り、鉛の様な身体を起こそうとした時、道場の出入口付近まで進んでいた無一郎くんが踵を返して此方へ戻ってくる。
目の前までやってきて、そして、その場にすとんとしゃがみ込んだ。
膝頭に可愛らしく手を乗せて、こちらを覗き込むように顔を傾けるから、指通りの良い艷やかな長い髪が彼の動きに合わせて溢れる。

「これで終わりじゃないからね」
「え?」

これで終わりでは無いのなら、夕食後にまたもう一度この地獄のような稽古をこなすのかと思うと、今度こそ私は死を覚悟しなくてはならない。
どうか、そうではありませんように。
震えながら聞き返すと、無一郎くんの人差し指が私の顎先を掬った。

顔が上向いた事で、無一郎くんとの距離がグンと近くなる。
絡まった視線も外すことが出来ない。

「ほら、秋の夜長って言うでしょ?」
「夜、長……」

ぽかんとする私に、無一郎くんは意地悪く続けた。

「心配しなくても、今夜はちゃんとなまえの期待に応えてあげるから」
「っ!?」

その僅か数秒後、言葉の意味を理解した私は声にならない声を上げて、再度その場に突っ伏したのだった。


20231003
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