こちらの前日譚です。

一体どう言うわけか、最近の僕は神出鬼没という言葉を身を持って体験している。
そして今日も例外なくソレは出没したのだ。
本当、期待を裏切らないよね。色んな意味で。

「無一郎くん、お帰り!」
「……」

いや、だから何で?
どうして僕が今日このタイミングで戻ってくる事を、この継子兼恋人は逐一把握してしまっているのか甚だ疑問だった。
こうも毎度寸分の狂いなくピタリと出会していると、何と言うのか……喜びを通り越して、呆れも素通り、一周回って違和感しか湧いてこない。

「僕が帰って来るってよく分かったね。何も伝えてない筈だけど?」
「え!? あ、う、うん! 愛のちか……」
「愛の力とか気色悪い事言ったら許さないから」
「ははは、何ちゃって!」
「それで、本当はどうして分かったの?」
「あ、えっと……勘! そう、勘だよ!」

終始疑いの眼差しを向ける僕に対して、あからさまな動揺を見せる彼女が、最後に行き着いた答えと言う名の苦しい言い訳は“勘”だった。
嘘臭い事この上なく、胡散臭い事この上なかった。

けれど、なまえは以前にも第六感が働いただの何だのと言っていた事があったような、無かったような……。
一概にその可能性も捨てきれず、正直、虚偽か真実かの区別が付け難い。

まあ、いいや。何でも。どっちでも。
どちらに転んだところで彼女は神出鬼没の不審者として僕の中でその認識が確立された事に変わりはないので。

「で、何? その大量の大根」
「ああ、これはね、無一郎くんが戻ってくるって聞いっ、……よ、予感がしたから! ふろふき大根作ろうと思って!」
「そんなに沢山?」

僕の指摘通り、彼女の腕にはそれこそ両手でようやっと待てるくらいの大量の大根が抱えられている。
それは、神出鬼没に次いで気がかりな事柄であったので尋ねずにはいられなかった。
それにしても、ふろふき大根がいくら僕の好物だから沢山作ると言っても、物には限度があるだろうに。

「やっぱり多かったかな?」
「誰がどう見たって多すぎだよ」
「無一郎くんが帰って来るって知って、張り切っちゃった。うへへ」

“うへへ”じゃない。
相変わらずなまえは締まりのない笑みを浮かべて戯けるけれど、彼女なりの精一杯の気遣いが嬉しいと思ってしまう僕も大概だという話。

海水みたいな味噌汁も、石みたいな煮物も、化石みたいな焼き魚も……今まで、いや、今もぞんざいな料理を食べさせられている僕だけれど、唯一彼女が作るふろふき大根だけは絶品だった。

「はい」と、言って手を差し伸べると、なまえは頭上に“?”を飛ばして首を傾げる。

「何ボサッとしてるの。ほら、半分持つから出して」
「え? 大丈夫だよ。私そこそこ力があるし」
「そうじゃなくて」
「え?」

もたつくなまえから強制的に大根を半量、腕から取り上げた僕は数歩先を歩いたところで振り向くと思い出したように彼女へ手を差し伸べる。

「手、繋ぐ?」
「!」
「どうするの? 早くして」

どうして半量だったのか、これで理解力に乏しいなまえにもその意図が伝わった事だろう。
急かして再度手を伸ばすと、まるで花でも背負っているかのように華やかな表情を浮かべ、破顔一笑して僕の手を取る。

「つ、つつつ繋ぐ! ます!!」
「はは、何それ」

食い気味に言って、ちょっとした嫌がらせみたいに力一杯僕の手を握る彼女の反応に、思わず微笑んでしまった。

「ふろふき大根、楽しみにしてるから」
「う、うん……! これ全部使うね!」
「……勘弁してよ。誰がそんなに食べるの」
「ねえねえ、無一郎くん。何だかちょっとしたデートみたいだね?」
「大根抱えて? ……本当、おめでたい頭だよね」

大根は置いておいて、しかしまあ、たまにはこういう時間を過ごすのも悪くないのかもしれないと、淀みなく話す彼女のどうでもいい話に耳を傾けながら、ぼんやりとそんな事を思った。
結局、彼女の神出鬼没の訳を突きとめるには至らなかったが、それも後日酷くくだらない理由であった事が分かるのだけれど……まあ、それはまたいつか別の機会に語ればいいか。


20200526
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