僕の些か定かで無い記憶によれば、確か銀子はなまえに対して“悪鬼滅殺、なまえ滅殺”だと鳴き散らしていたと思ったのだけれど。

だって、顔を合わせる度に彼女の額目掛けて穴を開けんとばかりに突ついていたし、かと思えばミチミチと頬を啄んで流血沙汰にもなった。
それが、今ではどうだ。この有様である。

洗濯物を干すなまえの肩に止まっている。彼女自ら。
ああ、此処でいう彼女とは僕の鎹鴉だけれど。そう、“僕の”。
彼女の鎹鴉は此処にはいない。居ても、何処かに姿を隠しているのだろうか?

パンパンと洗濯物を叩いて皺を伸ばしてきちんと干せた事に満悦とするなまえと銀子は、一体いつ何処でこうも仲良くなったのか。

「ヤレバ出来ルジャナイ。ハハン」
「本当? ありがとう。銀子ちゃんに褒められると嬉しいなぁ! あ、そうそうこれ銀子ちゃんにあげようと思って。この間の任務で見つけたんだよ。ビー玉、綺麗でしょ?」
「ドーシテモッテ言ウナラ貰ッテアゲテモイイワヨ!」
「ふふっ、どうしても銀子ちゃんに貰って欲しいな」
「ハン! 仕方ナイワネ」

うーん、仲睦まじい。
なまえはずっと銀子と仲良くやりたいと言っていたから、この現状はとても喜ばしい事であるけれど。
十中八九、僕だけに注がれていた彼女の意識が他所へ逸れているという事実が、何と言うか……。
答えを出そうとして、それを頭から追い出した。
どうせ突き詰めたところで、くだらないオチにしかならないと思ったからだ。

けれど、そんな時――バサバサと羽ばたきが耳に届く。
屋根の上を見上げる様に身体を前方に迫り出すと、そこには鴉が一羽。
紛れもなく、なまえの鎹鴉だ。名前は知らない。
ただ、頭の天辺の毛がクルンと一回転して惚けたような顔付きの雄の鴉だ。
脳筋な彼女に惚けた鴉……うーん、絶妙なバランスだよね。

「こっちにおいで」と、声を掛けてやると、縁側で腰を下ろす僕の肩に、素直に降り立った。
アホ毛と呼んでも過言じゃない変テコな毛を指で撫でてやりなが呟く。

「君の相棒は悪い子だよね。僕等をこんな気持ちにさせちゃってさ」
「ヤキモチ? 無一郎クン、ヤキモチ?」
「え?……なんでそうなるの」
「恋煩ィィイ?」
「……」

と、言うよりも。今この鴉、僕の事を“無一郎クン”と呼んだような気がするけれど、何でこんなに馴れ馴れしいの?
しかもヤキモチって言った?恋煩いって言った。

此の彼女にして此の鴉あり。
僕の不機嫌が彼に伝わったのか、そそくさと飛び立って行く。
その様を見ながらぼんやりと思った。ヤキモチだなんて、意味が分からないなと。

そもそも銀子は僕の鴉だし、なまえも銀子と仲良くやりたいと言って念願叶ったわけだからこれで良かったのだ。
それなのに何故、胸が空かない?
なまえの鴉に言われた言葉が存外的を射ていたからなんて認めたく無い。

「あ、無一郎くん! 何してるの?」
「別に何も。ただ、見てただけ」
「(何を見てたんだろう?)じゃあさ、稽古付けて欲しいなぁ!」

そこは放置なのか。何を見てたとか、何で見てたとか、聞かないんだ?
「洗濯籠を仕舞ったら道場に行くからね!」と、息巻いた。まだ僕は了承していないのに、彼女はもうその気になっている。相変わらず、脇目を振らないのだから。

「最近、銀子と仲いいね」
「そうなの! 最近よく肩に乗ってくれるようになって、凄く嬉しい!」
「僕は?」
「へ? ――っ」

腕を掴んで引き寄せる。
板張りの廊下へ磔の如く押さえ込んで、組み敷いてやった。
彼女の手から洗濯籠が転げ落ちて、見開かれた双眸が僕を見上げる。
銀子は何処かへ飛んで行ってしまって、やっとなまえの意識も視線も僕だけのもの。
そう思うと少しばかり気分が良いことに気が付いた。
悔しいけれど、認めるしか無い。つまらなかった。
なまえの鴉の言う通り、僕は彼女に構って欲しかったのだ。

「最近、僕の事放っておきすぎじゃない?」
「う、あ、えっと……む、無一郎くん?」
「ヤキモチ焼いちゃうんだけど」
「ひぃ……イダダ!」

意地悪く笑んで鼻先を齧れば、なまえは頬を真っ赤に染めた。
「だからさ、」と言葉を紡いで真っ赤に染まった頬へ手を添えて告げる。

「責任、とってくれるよね?」
「んなっ、何の!?」

いうなれば、これは罰だ。僕を放置した罰、僕をこんな気持ちにさせた罰。
いつの間にか鎹鴉にさえ嫉妬させるくらい、こんなにも僕を夢中にさせたのは君なのだから。


20200515
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