“こんな事ってある!?”

それは、何処かで聞いた事のある言葉だったような気がしたけれど、忘れてしまった。
けれど、僕の心境をこうも違わず纏め上げてくれる言葉も、他に無いような気がした。

兎にも角にも、僕は、この足を引っ張るだけで何の役にも立たない“継子もどき”をどうにかして欲しいんだよね。
出来れば今すぐに。早急に。

「うへへ……ご迷惑をお掛けします」
「全くだよ。初めてなんだけど。雑魚鬼相手にこんなにもボロボロになったのは」

先の戦闘で血鬼術により若返ってしまったなまえを背に負ぶって(下山中に足を捻った為)下山した僕は、やっとの思いで辿り着いた藤の家を目先に捉えて、安堵の息を吐いた。

僕に負ぶられた彼女の見目は、きっと僕と同じか少し歳下といったところで、外見の変化のみで済めば構わなかったのだが……。
あろう事かこの血鬼術、術を受けた者の身体的能力も見た目に比例して退化させてしまうらしい。
謂わば今の彼女は、僕や煉獄さんがつけた稽古で培った能力を発揮する事が適わなくなったと言う事だ。
その身体能力と言えば最終選別前後のものであるらしく、身体も筋力も腕力も退化してしまったにもかかわらず、今までと同等の様に身体を使おうとするものだから、当然十三、四の未完成な身体との軋轢が生じてしまうのは当然の事だった。

よって、一足一刀の間合いを損じて腹を裂かれかけるわ、薙ぐ様に振るった刀が手からすっぽ抜けて明後日の方向へ飛んで行くわ、受け身を取り損ねて尻餅をつくわで……。それはそれはお粗末な戦闘を繰り広げ、存分に僕の足を引っ張り、寿命をぐんと縮めてくれた。
終いには我慢ならなくなった僕が彼女の首根っこを掴んで背後に放り投げて、「待機!上官命令だから動かないでよ!」と声を荒げた始末だった。嗚呼もう、心労がたたってグッタリだ。

漸く藤の家に辿り着いたかと思えば、僕の心労を増幅させる出来事がまた一つ。
出た。黄色頭のなまえの弟弟子。名前は忘れた。
何で会うのかな?こんな時に。

「なまえ!? え、ええ!? どうしたの、その姿!」
「善逸……!」

なまえは弟弟子の姿を視界に捉えるなり僕の背からそそくさと飛び降りて、捻った足を庇う様にひょこひょこと歩き彼の元へ向かってしまう。
ここまで背負ってやったのに薄情な奴だ。

血鬼術の経緯が伝わったらしいその弟弟子は、甚く柔和な表情を浮かべてなまえに触れる。
髪を、頬を、肩を、掌を――僕に何の断りもなくベタベタと触れて、撫で回した。

「うわぁ……なっつかしい! その見た目だと十三、四くらいじゃない? 思い出すなぁ。出会ったばかりのなまえの事。ほら、手もあんまり目立った剣ダコが無いよ」
「あ、本当だ! 善逸と出会った時くらいかもね」

これ以上、僕を除け者にする様な昔話は結構だ。
懐古するなら勝手に一人で気が済むまですればいいのに。

僕は、なまえの肩を抱き込む様にして弟弟子から小さな身体を取り上げると、彼女に触れていた手を軽く叩いて払い退ける。

「ちょっと、気安くベタベタ触らないでくれない? なまえはもう僕のだから。弁えて」
「と、時透くん!」
「……呼び方」
「う、あ、む、無一郎くん!」

その様に彼は「あー、はいはい。そんな怖い顔しなくても邪魔者は退散しますよ」と嫌味ったらしく言って藤の家を発つ。
申し訳無さそうに彼の背中を見送るなまえの寂しそうな視線がどうにも気になって、僕は彼女の顎へ指を掛け上向かせると、触れる程度の軽い口付けを柔らかな唇へ落とした。
「余所見しないでよ」と付け足すと、彼女が茹で蛸のように真っ赤になったのは言うまでもない。

「僕、知らないんだけど」
「え? 何を?」
「今のなまえの事、何も知らない」

弟弟子の彼が懐かしいと言った事も、昔の思い出も。僕は幼い君の事を何も知らないから。
その姿であるのもあと数時間といったところだろうし。
どうせなら、しっかりとこの目に焼き付けておきたい。

「だから、教えて? 聞きたい」
「う、うん! 勿論だよ!」

知らない事があるのは当たり前であるのに、何故か僕はそれが凄く嫌で、だから、もっと知りたいと思った。
僕をこんな気持ちにさせる彼女の事を、余す事なく知り尽くしたい。

嗚呼、ほら。いつもより幼い笑みが僕を堪らなくさせる。


20200419
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
×
- ナノ -