泣きながら僕の事が好きだって言ったくせに、蓋を開けてみればこれだ。

やれ稽古、やれ任務。つぎの警備地区の巡回はいつだ、新しい鬼の情報は入っていないか……。
まあ、継子としては申し分ない。その心もちは正しいし、寧ろ上出来だろう。
けれど、君にはもう一つ別の肩書きがあるだろ?
そんな風に問わずにはいられない程、彼女と僕の仲は未だ進展を見せない。

僕にとってなまえは恋人兼継子。しかし、彼女にとって僕は師範兼恋人。
この違いが分かる?優先順位というか、重きを置いているのが――そう、逆なのだ。
だから、そういった雰囲気になっても僕達の間では、こうなる。

「うおわあああ!」
「……」

甚だ遺憾だ。
なんて事はない。口付けの最中にただ少し、僕が彼女の胸に手を添えただけ。
たったそれだけの事で、なまえは持てる力の全てで僕の胸板を押し除け、物凄い勢いで距離を取る。これ以上下がれない所まで下がり、そして、勢いそのままに後頭部を柱に打ち付けた。
ゴチン!と鈍く、大きな音がする。
衝撃で頭骨が砕けたんじゃないかと心配になる程、勢い良く打ち付けたのだ。それはそれは言葉にならない痛みだったろう。
痛さのあまり、彼女は後頭部へ手を添えたまま暫く動かなかった。
僕はその大仰な反応に呆れながらも、溜め息混じりに口を開く。そんなに嫌なら、これ以上の事はしないからと伝える為に。

「はぁ……ちょっと、大丈夫? すごい音したけ、ど――っ」

しかし、気が変わった。
その表情が、僕の理性をいとも簡単に砕いてみせたからだ。

嗚呼、全く……なんて顔してるの。

頬を染め、涙で滲み揺らぐ瞳で僕を見上げたら駄目だ。だって、こんなの誘っている様なものだもの。
折角、情状酌量の余地を与えてやろうと思ったのに、そんな表情をされたら先程の言葉は撤回するほか無くなる。
僕も男なのだから。

駄目だよ?容易く無防備な姿をさらけだしたら。

「なまえ……」
「こ、こういうのは、まだ早いと思うの!」

顎に指を掛け、顔を上向かせると、なまえは鼓膜が破れんばかりの大声で言った。お陰で耳鳴りがする。
唾を飛ばして、双眸を見開いて……。それはそれは必死の形相だった。
何もそこまで否定しなくてもいいのに。一応、僕達は恋人同士であるのだし、恋人なら当然行き着く先は決まっていて、仲を深めれば遅かれ早かれそういう行為へと発展するものだ。
こんな風に拒まれたのは一度や二度ではないので、そろそろ僕も限界が近い。
納得のいく理由を聞かせて貰わないと気が済まない。
あからさまに機嫌を損ねた風にムスッとして問い掛ける。

「……じゃあ、後どれくらい待てばいいの?」
「そうだなぁ……あと十年くらいあればなんとか!」
「ナメてるの?」

十年?冗談じゃない。
笑えない冗談は、料理の腕だけにしてもらいたい。
僕は、凍てつくような視線をなまえに浴びせながら、むんずと彼女の胸を鷲掴む。

「いだだだだだ! も、もげる……! 無一郎くん、胸もげる!」
「もげない」
「ち、違うの! ちゃんと好きだから……無一郎くんの事、大好きだから……その内にはって、考えてるの! 本当に本当です!!」
「! ……ふぅん。そうなんだ?」
「そうです! 無一郎くんの事大好きだから、いつかは……」

この辺りで止めておいてやろうと思ったけれど、気が変わった。
鷲掴んでいた胸を解放すると、僕が諦めたとでも思ったのか、なまえは安堵の息をつく。
しかし、僕は彼女を組み敷いて、両手を頭上で一つに纏め上げて拘束する。

「やだよ。やっぱり待たない」
「え!?」

スカートタイプである彼女の隊服は、今のこの状況には打って付けだった。スカートの裾から晒された脚へ手を這わせ、太腿を撫で上げつつ中へ手を滑り込ませる。

「て、手が! スカートに、入ってる! 撫で撫でしてる!」
「いちいち実況しないで」
「でも、だって……」
「好きだよ」
「――っ!」

騒がしい声も、色気の欠片すら感じられない物言いも、ころころと変わる見ていて飽きない表情も、どんな君も好きだ。
決して口には出さないけれど、全部全部大好きだ。
だから――。

「ねえ、僕の事本当に好きだったら証明してよ」

真っ赤に染まった頬へ口付けて、薄く色付いた唇を強請るように舐めてみせた。
僕に全てを差し出して。そんな意を込めて。

「なまえを全部、僕のにしたい。今すぐ」
「そ、その言い方はっ……卑怯だと思い、ます……」
「うん。知ってる」

だから言ったんだ。
逃がすもんかって、言葉で縛った。

今度こそ、彼女の胸に触れても突き飛ばされる事はなかった。
なんて言うのか、僕はただただ彼女の事が好きだなって思って、それから後は何も考える余裕も無くなって、きっと心を奪われるってこう言う事なんだなと、彼女の柔らかな唇を奪いながらぼんやりと思った。

“あーあ。こんな筈じゃ無かったのにな……”

今の僕には、この言葉が何よりもお似合いだ。


20200425
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