それはじりじりと焼け付くような日差しが照り付ける夏の昼下がり、訪れた道場にて弟弟子の善逸と共に修練を終えた時だった。
一人の男性隊士に手紙のような物を差し出されたのは。

「みょうじさん! あ、あのっ……これ、受け取ってください!!」だなんて、声を震わせ、頬を赤く染めた彼は、懸命に言葉を紡ぎながら私の胸元へと手紙を押し付ける。
困惑しながらも手紙を受け取ると、男性隊士は光の速さで走り去ってしまい、声を掛ける事も名前を聞く事も叶わなかった。
取り残された私はただただ呆然としながら彼が全力で走り去った方向をじっと見つめる事しか出来ない。

「今の何? ん、何かもらったの?」
「うーん、たぶん手紙」
「たぶんじゃなくてどう見ても手紙でしょ、それ。……それに、あの様子だと間違いないんじゃない?」
「何が間違いないの?」

決して達筆では無いが、一生懸命綺麗に書こうとした様子が見て取れる丁寧な字で表には“みょうじなまえ様”と記してあった。
それをじっと眺める私に、善逸は「惚けなくていいって」と、ニヤニヤしながら小突いてくる。
何がそんなに楽しいのだろう?

「なまえ、それはさぁ」
「?」

*** 

「不幸の手紙?」
「ち、違うよ!」
「うーん……じゃあ、果たし状?」
「あの……無一郎くんの中で私は一体どういった位置付けなのかな?」

霞柱邸に戻り、昼間にあった出来事を無一郎くんに話すも、先程から彼の口をつくのは“不幸の手紙”だの“果たし状”だの不穏であったり縁起の悪い剣呑なものばかりである。
口元へ指を当てがって、こてんと首を傾げる毎度お馴染みの可愛らしい仕草で、私の精神を容赦無くボッキボキにへし折ってゆくスタイルの無一郎くんは今日も健在であった。

うん、いいのいいの。分かってたよ、分かってた。
私がそもそも恋文なんて貰う事自体あり得ないもんね。自分でもびっくりしたんだもの。
明日は雪かな!

「それで?」
「うん?」
「嬉しいの? その手紙貰って」
「あ、えっと……こういうの貰った事が無かったから、少し驚いたというか」
「それ、あえて恋人の僕に馬鹿正直に話しちゃうんだ? そんな嬉しそうな顔してさ」
「む、無一郎くん……?」

不意に空気が痺れた。
さながらピンと張り詰めた糸のようにいつ切れてもおかしく無い危うい空気が肌を刺すようでいて痛い。
抑揚の無い声と、茫洋とした瞳は普段通りであるのに、彼が纏う雰囲気が明らかに普段通りでは無かった。

否。これのどこが普段通りであるのか。
少なくとも最近の私達の、“恋人同士”という親密な間柄になってからは無かった事だ。
それは酷く懐かし感覚だった。彼と出会ったばかりの頃の冷え切った眼差しに射抜かれている。
だから、こんなにも息苦しいと感じてしまうのか。

そう、つまり無一郎くんは今――その冷静沈着を装った下で酷く憤怒しているのだ。

「ちゃんと処分したの?」
「え? しょ、処分って……」
「そのままの意味だよ。ちゃんと捨てたのかって聞いてるんだけど、意味がわからない?」

無一郎くんは無表情を面に貼りつけて、酷く残酷な言葉をサラリと告げた。
それが当然のように。そうする事が真っ当であるかのような物言いは、己の吐き出した言葉に困惑する私の気持ちなど到底理解出来ない代物だろう。

「なまえ」
「……」
「何してるの。早くして」
「っ、」
「疚しい気持ちが無いなら、渡せるでしょ?」

ダボついた隊服の袖がゆらりと私の胸元へと伸びる。
差し出された掌が何を意味しているのか瞬時に理解した。
それに従うと、どうなってしまうのかも。
手紙を没収されて、その差出人である隊士が無一郎くんによって下される制裁を受ける羽目になるのだ。

勿論、疚しい事も、気持ちがその隊士へと傾いただなんて寸毫も無い。
ここで渋っても事態が好転することはないだろうし、余計に拗らせるだけである。
ならば私が出来る事など、観念して大人しく手紙を差し出す。ただそれだけだ。

私は渋々、その手紙を無一郎くんに差し出す。
しかし、私はその選択を直ぐに後悔する事となる。
無一郎くんの手に手紙が渡った瞬間、それは読まれる事もなく、開かれることすらなく、ビリビリビリと私の目の前で真っ二つに裂かれ、床に捨て置かれてしまったのだ。

「な!? む、無一郎くん……! 何でそんな酷い事するの!?」

左右に分断され、その両手から放られた“手紙だった物”は、ハラハラと見るも無残な姿になって床に落ちる。

「酷い事? これのどこが酷い事なの?なまえは僕の恋人なんだよ? それを横から掻っ攫おうなんて見え透いた魂胆と下心を丸出しにしてこんなくだらない物を君に押し付けてくるその隊士の方が酷い事をしていると思うんだけど」
「だからって、破らなくたって……」
「寧ろ、破るだけで終わって感謝して欲しいくらいだよ。本人に手酷くしてやっても良かったけど、生憎とそんな奴に時間を割く事すら勿体無いしね」

ゴミか何かを見るような目で、無一郎くんは床に落ちた真っ二つになった手紙をじっと見つめた。

「……何も、知らないくせに」
「え?」

私は、絞り出すように言った。

何も知らないくせに。
その隊士が、どんな想いでこの手紙を書いて、どんな気持ちで今日一日を過ごして、どんな覚悟で私にこの手紙を差し出したのか、何も知らないくせに。

私だって、彼の全てを分かる訳ではない。けれど、手紙を差し出した時の震えた声も、赤く染まった顔も、この目に焼き付いている。
それを無下にする権利など無一郎くんには無いはずだ。

私は無一郎くんの目の前で、床に落ちた手紙を――彼が捨て置いた手紙を、拾い上げて胸に抱いた。
その行為は無一郎くんの行いを真っ向から否定するもの以外の何でも無かったのだから、無一郎くんは双眸を大きく見開いた。

「ちょっと、何してるの? どう言うつもり?」
「無一郎くんの言う事は正しい。間違ってない。でも、そこに人の心を思いやる気持ちは無いよね? だから、さっきの行為は肯定出来ない」
「じゃあ、なまえは僕にその男を思いやれって言うの? 自分の恋人に恋文を送り付けるような男を?」
「破り捨てる事までする必要は無かったって言ってるの!」

思わず、声を荒げてしまった。
だって何度言葉を交わしても、訴えても、私の気持ちは何一つとして無一郎くんには届いていないように感じてしまって。
こんなにも互いが反発し合う事は初めてだった。
冷ややかな感情を滲ませた瞳が真っ直ぐに私を射抜く。

「あ……ごめ、無一郎く――っ!?」

はたとして慌てて謝罪しようとするも、突然両手首を掴まれ、情動のままに壁へ押し付けられた衝撃で叶わなかった。

またしても手に握っていた手紙は床に舞い落ちた。
一歩踏み出した無一郎くんの足がそれを容赦なく踏みつける。
もはや、足蹴にした事すら気付いていなかったかもしれない。それくらい、彼の目には私しか映っていなかったのだ。

「手酷くされなきゃ分からないの?」
「……え?」
「――いいよ。そんなに知りたいなら、今から教えてあげる」

「僕に手酷く抱かれて、存分にその身で思い知ってみたら?」と、耳元で静かに囁かれた瞬間、首筋に噛み付く様な口付けを落とされる。
じゅうっとキツく痛いくらいに吸い上げられて、そこには赤黒く痛々しい痕が残った。

「――痛! ……や、だ……離して!」
「っ!」

持てる力の全てを振り絞って腕を振り解き、無一郎くんの胸板を押し返した。
僅かに出来た隙を突いて、私は彼の拘束から逃げ出す。

それでも尚、無一郎くんは表情を変えない。
しかし、私の行為によって増幅した不機嫌オーラが滲み出ていた。
勿論そんなものは視認できやしないが、分かる。息苦しいくらいの、それは今までに無いくらいのドス黒さだ。
けれど、ここで私が折れてしまっては何の意味も無い。今までの繰り返しになってしまう。

「む、無一郎くんの……無一郎くんの、あんぽんたん! 分からず屋! 美少女顔! 昆布頭!!」
「それ、ただの悪口だよね?」
「う、あ……と、とにかく! 無一郎くんなんて知らない!」
「ふぅん。あっそ」
「!?」

私はそのまま彼の指摘通りただの悪口と化した暴言を吐き散らして霞柱邸を飛び出したのだった。

まさか、それに対しての返答が“あっそ”と言う、あまりににべない物であった事に酷く動揺してしまったが、裏を返せばそれくらい無一郎くんも今回の事に立腹しているという事だった。
勿論、毎度の事ながら無一郎くんが私の後を追いかけてくれる訳もなく(ほんの少し期待してちょくちょく振り返ってみたけれど……全く気配無し)、目に溜まった今にも零れ落ちんとする涙を乱暴に隊服の袖で拭った。

首に残る鬱血痕が、ジクジクと私を蝕むようで酷く痛む。


20200722
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