二度ある事は三度ある。
では、三度あった事はどうなる?この先もずっとある?
いやいやいや、冗談じゃない。それだけはどうか勘弁願いたい。

私は先日、見事にそれを体現して見せた。
そう、二度奪われた唇は三度奪われたのだ。
一体何の嫌がらせであるのか、その三度目はあろう事か元恋人の目の前で起こってしまったものだから、それはもう魂消てしまって、持てる力の全てを振り絞って義勇を突き飛ばした。
驚くなんてものじゃない。当然、私はこんな人目の多い場所で何を考えているのかと声を荒げたわけだが――あの男、その問いに何と答えたと思う?

“すまない”

てっきりそう答えるものだと思った。
だが、義勇は違った。私の予想を甚だしく逸脱した言葉を返したのだ。
いつも通り思考の読めない涼しい顔をしたまま一切の迷い無く答えた。

“此処でなければいいのか?”

良いわけがない。何故そうなる。
どこをどう取り違え、履き違え、偏った解釈をすればそんな答えが出るのか理解に苦しむ。
お陰で最近は胃痛に加え頭痛までも引き起こしている状態だった。

「じゃあ、なまえちゃんは今、冨岡さんの事が凄く気になって困ってるのね……! 私までドキドキしちゃう!」
「……ええっと、蜜璃ちゃん? どうしてそうなるの?」

私の話をちゃんと聞いてくれていた?

先日、蜜璃ちゃん行きつけの定食屋にて相談を兼ねて昼食を取っていたのだが、彼女に任務が入ってしまった為に中途半端になっていた。
そして今日、律儀にもその埋め合わせとして時間を作ってくれた蜜瑠ちゃんに、彼女お勧めの甘味処にて話しの続きを聞いてもらっていた。
柱である彼女は忙しい身であるのに、こうして耳を傾け、気遣い、親身になってくれる事に感謝しか湧いてこない。
感謝しかないけれど、その“気になって困ってるのね”という言葉だけは頷けなかった。

「だって、その気が少しも無かったら、なまえちゃんはこんな風に悩んでないでしょう?」と、蜜璃ちゃんはお団子を片手に微笑んだ。
天使みたいな笑顔で有りながら、なかなかの鋭い切り口で私の心を暴いてくれる。

先日の、あの忌々しい口付けの事があってから、私は食欲というものがめっきり無くなってしまって、とてもじゃないが団子なんて頬張る元気はなく、机を隔てた向かいで抹茶を啜った。

「そ、それは……そうかもしれないけど……でも、義勇とは同期だってだけだし。いつも相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いてもらってただけで……。何でも遠慮なく言い合えるから、心地が良かっただけなの。そんな目で見た事なんて一度もないんだよ?」
「ええっ、そうなの?(冨岡さん……可哀想)」

何故、当事者の私ではなく蜜璃ちゃんがそんな悲しそうな顔をするのか分かりかねるが、今はその理由を問わないでおこう。

義勇を意識していると言うよりも、正直、戸惑いの感情が大きい。
私を好いているのだという言葉も、不器用に庇ってくれた仕草も、見せつけるかのような口付けも、全部全部。
彼から与えられる想いの大きさに戸惑ってしまう。
だから、戸惑うだけでハッキリとしない宙ぶらりんな感情を抱いている現状に陥り、はっきりと頷く事も断る事も出来ないでいる。

「でもそれって、すっごく可哀想よね……」
「何が?」
「だって冨岡さんは、なまえちゃんの事がずっと好きだったのに、その好きな人と恋人の話をずっと聞いていた訳でしょう? 自分の気持ちを押し殺して」
「……あ、」

その言葉に、私は今まで義勇にとんでもなく残酷な仕打ちをしていたのだと気付かされた。
故意でなく、義勇の気持ちを知らなかったにしても、その行為は間違いなく彼を傷付けている。
そんな事を微塵も感じさせる事なくグイグイと押し迫ってくるから、私は自分の残酷さに考え至らなかったのだ。

今までどんな気持ちで私の話を聞いていたのか。
どんな気持ちで私を励まし、背を押し、慰めてくれていたのか。

如何に身勝手で利己的な態度を義勇に浴びせていたのか、彼の立場になって今までの自分の行いを思い返してみると、そこには本当に腐った人間の底辺みたいな私が存在していた。
本当にすみません。

今まで喚き散らして、口を荒げて、散々義勇を突っ撥ねてきたけれど、今度顔を合わせた時は心からの謝罪をしなくてはならないと思った。
それくらい蜜璃ちゃんの言葉は私の心に響いたのだ。
「はぁぁぁあ……」と、深く長い溜め息を吐いて、顔面を両手で覆った。

「でも、あれよね!」
「あれとは?」
「何でも話せて、何があってもずっと側に居てくれた冨岡さんなんだもの。二人はきっと上手くいくと思うわ!(冨岡さん、頑張って!)」
「んん? ちょっと待って蜜璃ちゃん……確かに私は義勇に酷い仕打ちをしてきたと反省はしたけど、そういう展開に踏み切るつもりはないんだけど……」
「ええ!?」
「だって、今まで本当にそういった対象として見てきてなかったし」

私と義勇が恋人?有り得ない、有り得ない。
ぼんやりと頭の中で恋人同士になった私達の姿を思い浮かべてみたけれど、一体どんな喜劇かと失笑してしまう。
やっぱり、私達は今まで通りが一番しっくりくるのだ。

「そうなのね……。そうだ! 一つくらい冨岡さんのいいなって思う所はないの? そこに焦点を当てれば、見方も変わるかもしれないしでしょ?」

やけに蜜璃ちゃんは私達を引っ付けようとしているようでならないが「うーん、」と首を傾げながら私は思案する。
良い所。義勇のいいなと思う所、又は私が思う彼の好きな所。

一緒に居る事自体が心地良かったから、特別これと言っては……そこで私ははたと気付く。
その言葉はまるで彼の存在自体を求めているようなものだと思ってしまって、慌てて口を開いた。
大した深い意味もなく、私はその言葉を口にしたのだ。

「か、顔かな!」
「か、顔……! そ、そうよね。見た目も大事よね、見た目も! 冨岡さん美形だし!」

流石の蜜璃ちゃんも面食らっていたけれど、こんな身も蓋もない言葉を吐く日が来ようとは本当に驚いた。
まあ確かに、義勇はとても美しい顔をしているけれど。

***

「……あのさ、柱って暇なの?」
「暇じゃない」

蜜璃ちゃんとの甘味処の帰りに任務が入った私は、任務地へと赴く途中、通り雨に遭ってしまった。
その雨脚の強さに一瞬で全身隈なくずぶ濡れになってしまって、雨宿りを余儀なくされた。此処が町中で良かったと思う。何もない農道や畦道であったなら、雨宿りすら叶わなかったのだから。

そして、冒頭。
駆け込んだ軒下には先客がいて、それがまさかの義勇だったのだ。
会いたくない時に限ってこうやって出会す。毎度見計ったようなタイミングで顔を合わせてばかりだ。
義勇は、感情を微塵も隠そうとしない私を一瞥して、雨空を見上げた。

「此処は俺の管轄地域だ」
「……ふーん、そうなんだ。お疲れ様」
「ああ、お前も。……おい、何故そんなに距離を取る?」
「己の身を守る行動を取ってるの。社会的距離ってやつ――ぶえっくしょい!」
「……(相変わらず恥じらいの一つも感じられないくしゃみだ)」

何をされるか分かったものではないから。そう言いかけて、可愛らしさも恥じらいも感じられない豪快なくしゃみをして、鼻を啜った。
雨に濡れた身体は冷え切っていて、濡れた衣服が容赦なく体温を奪う。
まだまだ雨は上がりそうにないし、羽織も隊服も何から何まで濡れてしまっている為、身に纏っているものは総じて体温を奪う役目しか担っていない。

「濡れたままでは風邪をひく」
「っ、」

土砂降りの雨は全ての音を奪う。そのせいで、彼が距離を詰めた事に気付けなかった。
雨は、私達を隔てる距離すらも掻き消してしまったのだ。

義勇の半々羽織と称されるそれが、ふわりと、私の身体を包む。
濡れておらず、先程まで身に着けていた義勇の温もりを纏ったその羽織が冷え切った私の身体にはとても有難かった。
――嗚呼、暖かい。

肩に掛けられたそれに身を擦り寄せようとした瞬間、はたとする。
鼻を掠めた彼の香りに心臓が跳ね上がる。まるで、義勇に抱きしめられているような感覚に陥ってしまって堪らなくなった。
慌てて羽織を剥ぎ取り、義勇へ突き返した。

「ぬ、濡れるから!」
「構わない」
「構う! 私が構うの!」
「何故だ? 持ち主の俺が良いと言っている」
「んなっ……何故って、」

言い淀んだ隙を突かれて、またしても私は彼の思いのままにされてしまう。
突き返した羽織で再度包み込まれたのだ。

「我慢強いのは結構な事だが、人の好意に甘えられないのはお前の悪い癖だ」
「分かった風に言わないでよ。別に我慢してるわけじゃ、な……――」
「?」

蜜璃ちゃんに義勇の何処か一つでも好きな所は無いのかと問われて答えた、正にその美しい“顔”が間近に迫っていて、思わず固まってしまった。
息を飲む。黙っていれば彼は相当な美男であるし、苦し紛れだったとしても顔が好きなんて言ってしまったものだから、変に意識してしまって、思わず目を逸らすどころか顔ごと背けてしまった。態とらしい事この上ない。

何でも無いなどと、そんな見え透いた嘘をついたところで義勇を出し抜けるわけもなく……。
今は何を言っても墓穴を掘りそうでならなかったので、何も言わないでおこう。
ただ押し黙る。それだけであったのに、それをどう解釈すれば私が彼からの口付けを待っていると勘違いするのか。
義勇はその無駄に端正な顔を此方へ寄せてくる。互いの唇が触れるすんでのところで、義勇の顔を押し除けた。

「……何のつもりだ」
「その言葉そのままそっくり返すから! もうヤダ! 無駄に顔が良いんだもん!」
「なまえは俺の顔が好きなのか? 初耳だ」
「違う! ……いや、違わない? ……と、とにかく近い!!」

口付けか、羽織か。
どちらかを選ばなければ解放されない雰囲気であったから、消去法で羽織を選んだ。
未だに私の心臓はバクバクと早鐘を打って暴れ回っている。私ばかりが彼に振り回されて……悔しい。
しおらしく羽織にくるまる私に満足したらしい義勇を横目に見ながら、一歩。そしてまた一歩、じりじりと雨空を眺める義勇から距離を取るも、すぐさま伸びてきた手に腕を掴まれ、あっさりと捕まってしまった。

「それ以上其方へ行くと濡れるぞ?」
「う……はいはい、分かりましたよ。もう行かないから、手を離してもらえる?」
「……」
「義勇?」

返事がない事に違和感を覚えて顔を上向けると、いつから此方を見ていたのか、彼の深い青色の瞳と視線が交わった。

「俺が触れるのは、そんなに嫌か?」
「え? 嫌っていうか……その、」

喉まで出かかったところで、言葉を飲み込んだ。
嫌ではないと答えたら、私は彼の気持ちをほんの少しでも受け入れた事にならないだろうか?
そうして済し崩しにあれよあれよと彼の良いようにされてしまう末路が目に浮かぶので、素直に返事が出来なかった。

「質問を変える。……俺は、いつまで待てばいい?」
「っ、」

ザアザアと降るこの雨で、今まで起こった出来事全て流れて無かった事になってしまえば良いなんて願ってしまった私はやっぱり最低で、彼に愛される資格は無いように思えた。
蜜璃ちゃんが言っていたように、私は彼の気持ちを知らなかったとは言え散々な仕打ちをしてきたわけで、あまつさえ保留なんて僅かな期待を抱かせて繋ぎ止める卑怯な奴だ。
ならば、この辺りできちんと答えを出さなければならないと思う。
何の犠牲も払わずして、全て今まで通りなんて、それこそ烏滸がましい。

「待たなくて、いい……」
「!」
「今までも、それから今も、私は義勇の気持ちを振り回してばかりで……ごめん。今の私じゃあ、義勇の気持ちには答えられない、です……」

だから、この話はこれでおしまい。
そう言いかけた時だった。掴まれていた腕を力一杯引かれて、抱き締められたのは。

「ちょ、義勇……!?」
「雨が煩くて何も聞こえなかった」
「はあ!?」
「だから、お前が何と言ったのか俺は何も知らない」

何なの、その駄々っ子みたいな言い訳。
聞こえなかった。知らない。そんな言葉、聞こえていなければ絶対に口にしない。

苦しいくらいに私を抱き竦める腕の強さがそれを証明していた。
確かなのは、そう簡単に彼が私を諦める事は無い――そう言う事らしい。

嗚呼、もう……どうしてくれるの。そんならしく無い事をしないで欲しい。
必死になって縋るような仕草で抱き締めるから、胸の奥がむず痒くてかなわない。

20200712(20230626 加筆修正)
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