世間で言うところの兄妹とは、皆こういうものなのだろうか?
俺の兄はおっかない所はあるけれど、本当は心根の優しい家族思いな人だ。
俺はその不器用な兄の優しさが大好きだった。

けれどいつからだったろう?
俺や弟妹に向けられる兄の眼差しが、なまえに向けられるそれとは何処となく違って感じられるようになったのは。
あれは、一体何だったのだろう?
とても俺が首を突っ込む問題じゃないような気がして――いや、踏み込んではいけない領域なのだと悟ってしまって、その日以来、俺は出口のない迷路を永遠と彷徨っているような途方もない感情で埋め尽くされている。

***

実の兄が教師として勤務する学園に通うのは、それはそれで気まずい時もあるけれど、数ヶ月前に家を出てしまった兄に会えるのは嬉しい事だった。
それは、毎朝肩を並べて登校する片割れの妹も同じなのだろうか?

今日はお団子ヘアーがいいなんて、朝のクソ忙しい時間帯に末の妹に混じって髪の毛を結ぶ列に並ぶのはいい加減にしてくれと思う。
一体誰に似たのか、不器用極まれりななまえの支度が終わるのを待っていてはそれこそ遅刻してしまうので仕方がなく“今日も”俺は妹の髪をセットしてやった。

いつだったか、自分が不器用なのは玄弥に自分の器用さを全て持っていかれたせいなのだと喚いたことがあったっけ。
不都合があれば何かにつけて双子に託けるのは、双子あるあるなのだろうか?

望んだ通りのヘアセットで今日も上機嫌に登校。
さっきからキョロキョロと辺りを見回して探しているのは他の誰でもない、兄貴の姿に違いない。
どうせ今日の髪型も可愛いだろうとか、似合っているだろうとか言って兄貴に甘やかされたいだけなのだ。

世間一般の妹って奴は、こうも兄ちゃん大好きな生き物なのだろうか?
やっぱり、うちが特殊なだけ?
まあ、兄貴は格好いいし、俺も大好きだけれど。へへ。

そんなホワホワした浮かれた気分は、朝一番で遥か彼方へと吹き飛んでいった。
言わずもがな、背後で禍々しい怖気立つような気配が背筋を這って上がってきたからだ。
それはまるで、地を這って、獣か何かが低く唸るような声音だった。

「オイ、ゴラァァア……ちっと待てやァ」
「ひっ」
「っ!」

隣のなまえは小さく悲鳴を上げて俺のカーディガンを思い切り掴み、俺は声にならない声を上げて立ち止まった。
とてもじゃないが、後ろは怖くて振り向けない。
背中にひしひしと殺気じみた視線が突き刺さる。

しかし、一体なぜ朝一番で兄が殺気じみたオーラを纏いながら俺たち弟妹を呼び止めたのか皆目見当が付かない。

俺、なんかしくじった?

けれど、混乱の一途を辿る俺に対し、それに心当たりがあったらしいなまえは咄嗟に俺を盾にして背に隠れた。

「お、俺を盾にすんな! 何やらかしたんだよ!?」
「分かんないよ! 私に聞かないで!」

強制的に振り向くことになってしまった俺は、その鬼のような形相をした兄を目の当たりにしてしまう。
ヒュッと鳩尾当たりが冷たくなるのを感じた。

「スカート丈短ェ! さっさと直せ!」
「やだ! だって、梅先輩がスカート丈は短い方が絶対可愛いって言ってたもん!」
「ア゛ァ?」
「(バカタレ! その名前だけは出すなよ……!)」
「最低三回は折れって言ってた!」

ビキィ……!と、兄の額に青筋が浮かんだのを俺は見逃さなかった。
瞳孔が開いて、完全に目がキマっている。

即ちそれは極限モードというやつで、兄の保有する地雷という地雷を踏み抜いてしまっている証拠だった。
男子生徒であれば間違いなくスマッシュ案件の最悪な返答だ。
スマッシュ案件で思い出したけれど、先日窓からぶっ飛んでいった奴は、何やらなまえの事も絡んでいたのだと聞いて何とも言えない複雑な気持ちになったのを覚えている。

ともあれ、今はこっちだ。
名前を出した相手が悪い。なんせなまえが口にした名は、あの学園随一の不良兄妹にして問題児の謝花梅ときた。

妹の謝花梅はその見目の麗しさから学園三大美女に数えられているらしく、なまえもその美しさに魅入られた一人らしい。
すっごく綺麗!憧れるなぁ……!なんて、入学初日からどういうわけか謝花梅をリスペクトしてしまったらしいのだ。

「不死川なまえ……もういっぺん言うぞ……スカート丈、直せやァ」

ゆらりと身体を揺らしながら、兄は――否、“不死川先生”は恐ろしく静かな口調で言った。

頼むから、さっさと“はい、わかりました”と言ってくれ。
妹の盾になって兄の殺気に挟まれるのは生きた心地がしない。

周りの生徒といえば、巻き込まれないようにそそくさと廊下の端っこを足早に歩いてすり抜けて行く。
「またいつもの兄妹喧嘩かよ」なんて苦笑する生徒の言葉すら兄には届いていないらしい。

いつもこういった危機的状況で助けに入ってくれる炭治郎もその姿は見当たらない。
こんな時に限って遅刻らしい。チクショウ!

俺だけではとても手が付けられない。事態を収拾させるのは無理を通り越して無謀だった。

「なまえ! 今日は素直に兄貴の言う事聞いとけって……!」
「やだ! 助けて玄兄!」
「おまっ、こう言う時だけ玄兄とか言うな! いつも呼び捨てのくせに!」

なまえは、更にカーディガンを掴む手に力を込めて俺の背に引っ込む。
頼むから離せっつのォ!

とは言え、こんな状態の兄から逃げ切れる奴なんていないのだ。
そう、いくら俺を盾にして背に隠れたってそんなものは何の意味もなさない。

そもそも、何をそこまで妹はスカート丈に拘りを持っているのだろうか?
それも可愛く思われたいだとか、乙女心なんて得体の知れないものの為なのだとしたら、そんなモンはさっさと捨てた方が身の為だと思う。

「ちっと面貸せ」
「うわ! わわっ、ちょっと……実兄!」

案の定、俺の背に隠れていたなまえは逃げ出す間もなく呆気なく兄に捕まってしまって、それでも往生際悪くジタバタと暴れるものだから、小脇に抱えられてしまったのだった。

「あ、兄貴……!」
「生徒指導。聞き分けのねぇ悪餓鬼にゃあ灸でも据えてやらねぇとなァ」
「ア、ウン。ソウダネ」

本日二度目の鳩尾ヒュッが俺を襲った。
兄の、怒りを振り切った時に出る和やかな笑みは恐ろしすぎて直視出来たもんじゃない。
いってらっしゃいと見送る事が俺に出来る唯一だった。

「玄弥の薄情者ー!」となまえの喚く声が聞こえたが、やっぱり俺には妹の無事を祈りつつ見送る事しかできなかった。

***

その後というか、俺はかぼす組でなまえは筍組だから直接見たわけではないのだけれど。
同じクラスの炭治郎達は、生徒指導を終えて戻ってきたなまえの様子を知っているからここから先はアイツらから聞いた話だ。
謝花梅から伝授されたスカート三回折りはきっちり規定の長さに戻され、ついでにお洒落?に着崩した襟元もきっちり直されて首元まできっちりネクタイで締められて。それはまるで見本のような制服の着方で教室に戻ってきたらしい。

「今朝は災難だったな」
「んー?」

昼休み、屋上で昼食を取りながら声を掛けると、なまえはあっけらかんとした様子で小首を傾げた。

「嘘でも謝って、変な意地なんて張らずに素直にスカート丈直しときゃよかったろ?」
「うん、まあそうなんだけど」
「?」

何故だろう?なまえはこっ酷く兄に叱られた筈なのに、むしろ凹むどころか嬉しそうな……照れくさそうな表情を浮かべている。

「……もう、スカート折らなくていいかなぁって思ってね?」

嗚呼、嫌な予感。こっから先はあまり聞きたくない。
どうせろくでもない至極どうだっていい話を上機嫌で話すだけ。
そして俺は永遠と付き合わされる。兄が妹に何を言ってこうも手懐けたのか気まずいだけでしかない話題。
兄貴って、なまえにそんな事言うんだなぁ……なんて。何かもうキャラ違くね?って。

「ちょっとまった! あー……分かった、そっから先はいいって」
「お前はそんな制服弄らなくたってそのままで十分可愛いんだからって! 変な虫がついたらどうすんだって!」
「……あっそ」
「だから、そのままでいる!」

そんな事だろうと思った。
なまえは良くも悪くも分かり易い。
その満面の笑みにしたって、一つも隠そうとしない。兄貴の一言で何でもかんでも踊らされる始末だ。

世間の兄妹とは、皆こんなものなのだろうか?
それにしたって、ちょっと兄に懐きすぎでは?
そんな思考がよぎったが、そういう自分だって兄の事が大好きであるし、似たようなモノなのかもしれないと喉元まで迫り上がった言葉をそのまま飲み込んだ。

世間様はよく知らないけれど、俺達兄妹はきっと似たもの同士なのだろう。
今日も世界一優しくて最高に格好良い兄貴が大好きでたまらないのだから。


20230619
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