嗚呼、最悪だ。クソッタレェ。

もしも神様なんてモンが存在するなら、いっぺん胸ぐら掴んでぶん殴ってやらねぇと気に食わない程度には頭にきている。
そして、運命をクソほど恨んだ。

縁、因果、業――そんなモンは信じちゃいねぇが、物心がついた頃から俺には理解し難い誰の物とも知れない記憶があった。
これが俗に言う前世の記憶というものなのだと気付き、納得したのは、玄弥が俺の弟として再びこの世に生を受けた時だった。
それに関して言えば、“神様、再び玄弥を俺の弟にしてくれてありがとう御座います”と心底感謝したもんだ。
だが、その瞬間やっぱりコイツは無能極まりないと思えてならない事実を俺に押し付けたのだった。

今世こそは取り零すものか――そんな企みを嘲笑うかのような仕打ちといい、つくづく俺となまえの縁は呪われているらしい。

だってそうだろ?
玄弥と共に、かつての思い人を双子にするこたぁねえと思わねぇか?

***

「実兄!」

この学び舎という場所で、曲がりなりにも教師である俺の事をそんな風に呼ぶヤツは一人しかいない。
わざわざ俺が数学準備室から出てくるのを待ち構えていたらしい。そりゃあまた随分とご苦労なこった。

「不死川先生ェ」
「あ、そうだった! 不死川先生、今日泊まりに行ってもいいですかっ?」
「……」

先生呼びをさせたのは俺自身であるが、却って犯罪臭を増幅させてしまうとは、なんという皮肉だろうか。

自分の発言が犯罪擦れ擦れであるのだと、瞳を輝かせ期待に満ち満ちた表情で返事を待ち侘びる妹は何一つとして事の重大さを理解していないのだろう。
満面の笑みがその無知を物語っていた。

畜生がァ……俺の妹は今日もクソ可愛いじゃねぇか。

まさに、“守りたいこの笑顔”とはこの事を言うのだ。
悪い虫がつかないように俺が守らなければ。
妹の為にも――なんて聞こえはいいが、実際は俺のエゴに過ぎない。

「今日“も”な」
「うん! 今日も」
「……ったく、玄弥はァ?」
「部活終わったら来るって言ってた」

平日は学校があるから駄目だと言い聞かせ、翌日が休みの日なら構わないと言ったのがいけなかったのだ。
それからと言うもの、他にする事はないのかと問いたくなる程、毎週金曜日は俺の住うアパートへ泊まりに来る。

まあ、こんな風にいつまでお兄ちゃん子でいてくれるか分かりやしないし、声が掛かる内はその気まぐれに付き合ってやろうと思う。

いつものように頭を撫でてやると、なまえは擽ったそうに肩を竦めてふにゃりと愛らしい表情で微笑む。

泊まりは玄弥とセットで。
それは言わずもがな俺の中で決めたルールだった。
決してあってはならない“もしもの可能性”を虱潰しで排除するために。
特に最近のなまえは歳が近付いて来たからか、“かつての彼女”を彷彿とさせるようになってきた。
やはり、なまえはなまえなのだ。
そして、俺の中の記憶も感情も、以前のまま変わらない。

「早めに仕事切り上げっから、先にアパート帰ってろ」
「やったー! 実兄大好きっ」
「お前の大好きはいっつも大安売りだなァ」

まあ、その大安売りの叩き売りに俺はあっけなく陥落してしまうわけだが。

「そういや、さっきの告白ちゃんと断ったんだろうな?」
「……え、不死川先生が何でそんな事まで知ってんの? こわ」
「おま、……そのギャップどうにかしろやァ」

その、気持ち悪いオッサンか何かを見るような目で俺を見るんじゃねェ。
さっきの実兄大好きはどこ行ったよ。

いつも好き好き言って懐いてくるくせに、不意に生気をなくしたような180度真逆の眼差しは存分に妹を思う兄心を抉る。
取り敢えず、心臓に悪いから勘弁してくれ。

「(そもそも、こんな所で告るか普通……)」

きっと“この場所”に意味があったわけではないのだろう。
ただなまえが俺を探して数学準備室まで来たのを追って、行き至ったのが此処だっただけだ。
此処はあまり人気が無い分、告白する場所に適していただけで。

それにしたって、気にいらねぇなァ。

「それとも……試されてんのかねェ」
「実兄?」

“実兄”、か。
そうだなァ、俺は今お前の兄ちゃんだからな。
何が嬉しくてお前は俺の妹であるのか。

「で、どうなんだァ?」
「そりゃ、断ったけど……だって相手の子よく知らないし」
「よーしよし。イイ子だなぁ、なまえちゃんは」
「うわ! ちょっと、乱暴に撫でるのやめてよ実兄……髪型崩れちゃう!」

その言葉通りわしゃわしゃと撫で回すと、なまえはやめろと言ってその手を必死に払い除けようとする。
必死だなと、目を細めてその様を眺めた。

「なまえはお袋似で別嬪だからなァ。兄ちゃん心配だわ」
「っ、」

本当に俺とは似ても似つかない。
女子にしては高めの身長以外にクソ親父の遺伝子が受け継がれていないのは、まるで奇跡のようだと思う。

「ねぇ、実兄ってシスコンなの?」
「ついさっき実兄大好きっつったブラコンのお前に言われたかねぇなァ」
「じゃあもう言わない」
「そりゃ駄目だ。一生言え」
「あはは、何それ」

タイミングよく昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴って、途端になまえは慌てだす。

「やば! 次の授業、伊黒先生の科学だった……! 移動教室なのに」
「おー、そりゃあ一大事だなァ」
「それじゃあ、また夜にね! 不死川先生」
「あぁ。廊下走るんじゃねぇぞ」

そこは“実兄”と呼んではくれないらしい。
良くも悪くも弁えた妹だった。

まあいいだろう。今日の夜はどうせ騒がしくなるのだろうし。
そして、またしても葛藤の週末がやってくるのだ。


20230614
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
×
- ナノ -