きっと俺は罰が当たったんだろうなぁ……。
なまえにあんな嘘なんか吹き込んで、なまえを傷付けてしまったから。
だからこれは俺の罰で、許されることのない業なんだ、きっと。

感傷に浸りながら菩薩のような顔で見つめる自分の左腕はボッキリと折れて、首から下げた三角巾に吊るされていた。
額には包帯をぐるぐる巻いて、頬にはガーゼをベタベタ貼り付けて。目元には青アザなんて出来ちゃって……もう、生きて帰れた事が奇跡なんじゃない?俺って。
あれから、俺はなまえと別れて単独任務に就いた。
またその任務ってのが俺には色々と荷が重すぎてこの有様だよ。死に損って蝶屋敷に運ばれた。

なまえとはあれっきりだけれど、元気にしているだろうか?
何だか気持ちがモヤモヤしたままで別れちゃったからなぁ。
嫌味なくらいの雲一つない晴天を見上げながら俺は彼女へと思いを馳せていた。

「あれ? 善逸?」
「へ!?」

すると、俺の思いが通じたのか、今し方考えていた張本人が現れたのだから、これには驚いてしまう。
素っ頓狂な声を上げる俺に、なまえは力無く笑った。
いつもの、太陽のような暖かく眩しい笑顔ではない。
一体どうしたのかと問うと、何でもないと誤魔化すものだから、俺はなまえの手を引いて縁側へ移動し、腰を落ち着ける。つられて、彼女も傍へ腰を据えた。

「そういう音させて、大丈夫なんて絶対嘘じゃん」
「あはは、バレた?」
「まあ、音を聞かなくたって、そんな顔してたら分かるけどね」

なまえは苦笑して、「善逸には敵わないなぁ」と独言る。
そして、至極心配そうな表情で頭の天辺から足の爪先まで見て、包帯の巻かれた頭をそっと慈しむように撫でてくれた。

まるでその手付きは弟を心配する姉のようだ、と思った。
まあ、俺となまえは姉弟弟子だから、姉弟みたいなもんだけど……。
ここで言いたいのは、やっぱり俺では超えられない一線みたいなものは、どう足掻こうが超えられないのだと言うこと。

「痛むの? 大丈夫?」
「うん、これくらい全然平気。……きっと罰が当たったんだと思う」
「罰?」

嘘をついた罰。彼女の幸せを奪おうとした罰。

「なまえは? どっか怪我でもしたの? 特にそういった風には見えないけど……」
「ああ、うん。怪我とかそういうのじゃなくて……」
「じゃあ、どうしたの?」

俺は特別可笑しな事も、難しい事も聞いていない。極々平凡な問いだったと思う。
怪我じゃないなら、どうしたの?それがこんなにも沈思黙考しなければならない質問だとはとても思えない。
俺の問いに、なまえは困ったような、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
なんというか、自分でもそれが何であるのかよく分かっていないような……。だから上手く説明出来ない。
俺は、見かねて質問を変えた。

「あの後、何かあったの?」
「あの後は……煉獄さんと夫婦になって、」
「うん……は?」
「仲居になった時透くんに放り投げられて、」
「はぁ!?」

待って、待って待って。余計に訳が分からなくなったんですけど!?
え!?煉獄さんと夫婦!?
はい!?仲居の霞柱に投げられるって!?
……駄目だ、もう訳分かんない。手に負えない。

「それで、時透くんに……――う゛ぅ!?」
「え゛!? ちょ、なまえ!?」
「善逸、は、い……」
「なになになになに!? 死ぬの!?」

突然なまえが胸元を押さえて蹲る。その苦しみ様からして、これはただ事ではないのだと瞬時に悟る。
死なないでー!と汚い高音で叫ぶ俺と、尚も胸を押さえるなまえ。
昼間っから実に迷惑千万な姉弟弟子だった。

それはさておき、本当に何があったのか、胸の痛みが落ち着いたらしいなまえが呼吸を整えながらその経緯を語る。ようやっとだ。ここまで辿り着くまでに前置きが長すぎる。

「最近――特に、その旅館の潜入調査の時くらいから、時透くんに何かされる度に此処が痛くって……」
「……」

俺は、その“時透くんに何かされる度”の仔細を問い詰めた方がいいのだろうか?
いや、今はよしておこう。一向に話が進まないだろうから。

「動悸がして、息苦しくて、ぎゅうっと痛くなって……」
「うん」
「たまに掛けてくれる優しい言葉や、柔らかな眼差しが堪らなく嬉しくって……」
「! ……なまえ、それって」
「最近、時透くんと一緒にいると、肺が痛いの……!」

ん……?肺?肺なの?そこ普通胸じゃないの?

「私、何か良くない病気かと思って。さっきも時透くんの事を思い出すと、肺が潰れそうに痛くって」
「あ、うん」

だからそれ、肺じゃなくて胸だから。胸だよ、胸。心って奴だよ。
確かに胸を開けて肋骨取っ払ったら肺があるけども。

俺は思った。冒頭の俺の懺悔って一体何だったんだろうかと。
罰じゃないや。うん、これ業なじゃい。よかった!めでたしめでたし!

なんて事は冗談で。
此処で、俺にまた転機が訪れた。
彼女に本当の事を教えてやるのか、黙っておくのか。
俺の目の前には大きく冷たい重厚な扉がある。その二択を俺は選ばなきゃならない。
彼女の事を思って助言をするのか、自分を守ってそのまま真実を溝に放り捨てるのか。
きっと、どちらを選んでも俺は後悔するし、どちらが正しいのかも分からない。きっと正解なんて無いのだ。
この世は選択の連続だから。その度に立ち止まって、悩んで悩んで、それでも選び続けなきゃいけない。
だったら、俺が選ぶべき選択肢なんてもう分かり切っているじゃないか。
だって俺は後悔していたのだから。正しいと思って選んだ答えが間違っていたと懺悔したばかりだった。なら、俺が選ぶべき選択肢は端から決まっていた。

なまえ、今までごめん。色々ごめん。
それでも俺は、足掻いてみたかったんだ。

「恋だから」
「……へ?」
「それ、恋だよ。なまえ、好きなんだよ霞柱の事。だからそんなに“胸”が苦しいの」
「なん、で……善逸がそんな事」

どうしてだなんて愚問だって思うのだけれど。
そこまで言わなきゃいけないの?俺の姉弟子は本当に世話が焼けちゃうなぁ。

「んー? だって、俺も同じだったから。……なまえの事、好きだったんだよ? 気付かなかったでしょ?」
「っ! ……善逸、その、私――」
「いいからいいから! そんな顔しないでよ!」

だから。さっさと認めて幸せになってよね。俺の分まで。
こんなのただの自己満足に過ぎないけれど、でも、とうに死んでしまっていた俺の初恋をきちんと弔う事くらい許してくれないだろうか?

「こ、困る……」
「へえ゛!?」

俺の気持ちってそんな迷惑だったの!?
過去形で伝えたのだから、それぐらい許してほしいし、受け止めて欲しいんだけど。
結構勇気振り絞ったよ?俺。

俺の反応を目の当たりにしたなまえは、与えてしまった誤解を解くべく、慌てて弁解する。

「あ、ち、違う! 善逸の気持ちは本当に嬉しかった。ありがとう」
「なんかサクッと流されたよね? 俺の告白」
「流してないよ!びっくりは……したけど。でも、嬉しいっていうのは本当だよ?」
「なら、いいけど。……で? 何が困るの?」

なまえの表情は急に雲って、それこそ今にも泣き出しそうな、思い詰めた面持ちへと変化した。
困るというのは本当らしい。
その理由とやらはよく分からないが、兎に角、恋心を抱いてしまった事に関して、彼女は酷く取り乱していた。

「わ、私、時透くんの事……好き、じゃない。肺が痛いだけ……」
「いやいや、好きじゃん思いっきり。肺じゃなくて胸だからそれ。心だから」
「好きじゃない! だって……好きになったら、だって……」
「なまえ? 本当どうしちゃったの?」
「と、とにかく私、時透くんは好きにならない。だって、そんなの困る……本当に、困るの」
「……」

こう見えて、なまえは頑固な一面があるからなぁ。
人を好く感情なんて、おいそれと制御出来るようなものじゃないのに。好きにならないなんて、いくら口で言ったってどうにもならないのに。
気付いたら、認めちゃったら、そんなのどうにもならない代物なのに。
何をそんなに怖がっているんだろう?

「(……今、自分がどんな顔してるのか分かってんのかなぁ?)」

どうしてやる事も出来ないから、せめて、俺は思い詰めるように小さく丸まった彼女の背中を撫でてやった。

20200410


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