◎モブキャラ出てきます


鬼殺の剣士になって僅か二ヶ月で柱になった隊士がいるらしい。しかも弱冠十四歳という若さでだ。

当時、その俄かに信じがたい冗談のような噂話は、勿論私の耳にも届いていた。
そんな可笑しな話があってたまるか、と。私の方がもっと信憑性が高くて面白い冗談を言えると同期の隊士と談笑したのをよく覚えている。
まさかその数日後、私はその俄に信じがたい冗談のような噂話が紛れもない事実である事を、この身を以て痛感する羽目になるとは思いもしなかったわけだが……。

――齢十四にして霞柱に据えられた天才剣士、時透無一郎。
その才をまざまざと見せつけられたが最後。私は彼という圧倒的な存在と磨き上げられた剣技に魅了され、一瞬にして心を奪われてしまったのだ。

「はぁ? 居候……いやいやいや。冗談やめろって。まあ、現実逃避したくなる気持ちは分かるけど」
「本当だってば。現在、時透くんの御屋敷に居候中! 現実逃避じゃないし、紛れも無い事実ですぅー」
「じゃあ何、お前……憧れの霞柱の継子になれたわけ?」

「てか、気安く“時透くん”とか呼んでるけど、相手が柱だって分かってんの? 恐れ多いって分かって呼んでんだよね?」と、尚も問い詰めてくるのは、私が死に損ねたあの任務にも共に臨んだ隊士だ。
彼とは最終選別からの付き合いで、顔を合わせば愚痴や近況報告をし合う……まあ、そんなよくある同期の仲間である。
そして今回、再び合同任務で一緒になり、目的地へ向かう道すがらの会話だった。

彼は、私が万事休すのところを時透くんに助けられた一部始終を目撃した一人であったので、あの日以来、しつこく時透くんに継子志願をしていた事もよく知っている。そして、玉砕し続けていた事もまた知っていた。
なので、現実逃避と揶揄したくなる気持ちは分からなくも無いが、そこはおめでとうと素直に称えて欲しい。
まあ、結局継子にはなれておらず、居候どまりなので、おめでとうもクソも無い。

「私は魚一つ満足に焼けないの……その前は味噌汁の味がしなかったし……」
「え、急に何の話?」
「継子の話」
「料理の話かと思った。一体、霞柱に何の修行させられてんの?」

料理から継子の件に至るまで、来る日も来る日も玉砕続きの日々を思い返して遠い目をする私へと向けられる彼の眼差しは、憐憫を孕んでいるようだった。
致し方ない。居候まで漕ぎ着けた末路がこれなのだから、憐れみ以外に向けるものが無かったのかもしれない。

「そう言えば、今日顔合わせてからずっと気になってたんだけどさ……お前、怪我治りきって無いのに任務に駆り出されてんのか?」
「うん?」

「ここ、ここ」と自分の額を指で示しながら、心配そうな表情で此方を見やる。
無理もない。私の額には包帯が巻かれているのだから。
その仕草で彼が何の事を言っているのか理解して「ああ、」と苦笑した。
いつしか日常と化してしまい、特に気にならなくなってしまった“それ”。
そろそろ私という一個人を表す情報に“額には包帯”という見た目の要素が定着し始めてしまうのではないだろうかと思うほど、それは毎日私の額に巻かれている。
仕方がないのだ。治った頃を見計らって突っつかれる。

「時透くんの鎹鴉に突つかれちゃって」
「はあ!?」

鎹鴉の銀子ちゃんは時透くんの事がそれはそれは大好きで、自慢で、そして何より彼を誇りに思っている。
こんな平隊士風情が時透くんに気安く近付くのを黙認出来ないのだろう。
結果、私は彼女の天敵として認識されてしまった。

「大丈夫、大丈夫! いつもの事だし、ちょっと血が出た程度で薬も塗ってるから。蝶屋敷の塗り薬って本当に良く効くよね」
「薬の効能を体現しなくていいからさ、悪いことは言わない。お前もう霞柱の継子諦めろよ……」
「いや、それは絶対に無い!」
「額に穴開いても知らないからな」

この傷はむしろ勲章だ!と、開き直って胸を張る私に、彼はいよいよ何も言わなくなった。
ただ単に呆れただけかもしれない。
それこそ長い付き合いの中で、彼は熟知しているのだろう。こうと決めたら梃子でも動かず、人の忠告を聞かない私のことを。
そんな事よりも私は早く任務を片付けて霞柱邸に戻りたい。
珍しく出掛けに時透くんが約束をしてくれたのだもの。
それだけで額を突つかれた痛みすら感じない単純な人間だということもまた、同期の彼は知っているだろう。

* * *

「なまえ、そっち行ったぞ!」
「任せて! 雷の呼吸 弍の型 稲魂!」

目にも止まらぬ速さで繰り出された斬撃は、瞬き一つの間に鬼の首を断つ。胴体から両断され、切り離されたそれは宙を舞って、ぼとりと地に落ちた。
何かを喚きながら灰塵と化す様を横目に捉えながら刀身を鞘へ納めた。
何度場数をこなしても、この瞬間だけは慣れる事はない。
鬼が死んでも、喰われた人々は帰って来ない。血肉とされた捕食者と共に灰に帰す。

「もう、大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう御座いました……!」

負傷者を出す事なく無事に任務を終える事が出来、安堵の息をついた。
まさか人が鬼に襲われている場面に出くわして始末に至るとは想像していなかったっが、襲われそうになった人も怪我を負わずに済んだのだから、これで良かったとしよう。
完全に日が暮れて入山していれば、私達の救援は間に合わず、手遅れになっていたかもしれないのだから。
この人も私の家族同様、鬼に喰われて亡くなっていたかもしれないのだ。
間に合って、本当に良かった。ただただそう思う。

目の前の命だけは何があっても救いたい。取り零す事のないように。その為に私は鬼殺隊に入った。
家族を鬼に殺されたあの日、物置に隠れ捕食されるのを震えながら只々待つだけしか出来なかった、弱者であった自分を変える為に。
私が生き延びる事を許されたのはきっとその為なのだから。
その為にも、もっと強くなりたい。一つでも多くの命を救える力が欲しいと思う。
だから憧れた。あの日の時透くんの強さに。

「おい、なまえ。なまえ! 聞いてんのか?」
「へ?」
「へ? じゃねーよ。片付いたし、俺らも帰ろうぜ」
「う、うん。襲われてた人は?」
「もうとっくに帰ったよ。大丈夫か? なんかボーッとしてるしさぁ」

声を掛けられて、はたとした。と言うよりも、意識を引き戻されたと言うべきか。
事が済んだら長居は無用。入っていた報告は、あの鬼一体だけだったのでこれにて本日の任務は無事終了というわけだ。
白い三角模様の入った刈安色の羽織を翻して、二歩先を歩む背中に駆け寄る。

「大丈夫! それと、今回の任務助かったよ。ありがとう」
「よく言うよ。あっさり一人で倒したくせに。それにしても相変わらずのキレだよなお前の技」
「本当!? さっそく時透くんとの稽古の成果が出てるのかな?」
「あの料理が?」
「あれもある意味修行かも」

彼はもう何度目か知れない溜息を吐きながら、此方を見やる。
でた。またその憐れみを過分に含んだ眼差し。

「お前がさぁ、霞柱に拘るのって本当にそんだけの理由なの?」
「と、言いますと?」
「いや、だから……強くなりたいだけならさ、別に霞柱の継子に拘らなくてもいいんじゃないいのかって話だよ。炎柱は見込みのある奴なら継子にしてくれるんだから、そっちの方が良くないか?」

それはまるで幼子を諭すような口振りだった。
頭ごなしに否定しても私が納得しないのを熟知しているからこその戦法である。
ただ純粋に強さを求め、自身を叩き上げる為ならば炎柱様へ指南を仰ぐべきだと言う事は私にも分かる。
でも、私が求めているのはそれだけじゃない……ような気がする。どうしよう、うまく言葉に出来ない。

「それ、時透くんにも全く同じ事言われたかも……!」
「もーそれただ単に迷惑がられてんじゃん! それが答えだ! 答え以外の何物でもないやつ!」
「いや、で、でも……出て行けって面と向かって言われたわけじゃないんだよ?」
「そこは悟ろうぜ……聞き分けの無い餓鬼じゃあるまいし」
「い、いやだ! 悟らない! 明日こそ完璧に魚を焼いて時透くんの継子にしてもらう!」
「もう、お前が何を目指してんのか分かんないよ、俺」

よく分からない意気込みを披露したところで先程よりも重く長い溜息が傍から聞こえてきたが気にしない。
そうこうしているうちに私達は山を降りていた。確かこの畦道をもう少し南に向かって歩けば小さな街があったはずだ。

「この先の街にある藤の家紋の家で少し休ませてもらおうぜ。また次の任務が来るかもしれないし」

正直、ここまで一度も休息を取っていないので、身体を休めるのも選択の一つかもしれないと思ったが、素直に頷かないのが私である。
同期の申し出を突っぱねるかの如く、ずいっと彼の眼前に押し出した掌で制した。

「私は平気だから先に帰るね! 今日こそ時透くんが帰って来てるかも」
「はぁ!? ちょ、なまえ」

「お疲れ!」とだけ一言残して駆け出す私の背を眺める彼が、果たしてどんな表情をして、どんな想いを巡らせていたのかなど知る由もない。

「そんな嬉しそうな顔して無自覚ってのも、お前らしいわな。はぁ……俺は疲れた。寝よ」

20200125


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