「もう無理ぃ……本当、死ぬかと思ったぁ……死にかけたもん、次は死ぬ、絶対死ぬ」
「お疲れ様、善逸。大丈夫だよ! 死なない死なない!」

傍で縁起でもない泣き言を漏らす善逸の声を聞きながら、土埃に紛れた金糸の髪を撫でてやった。
それがきっかけになってしまったのか、善逸は堰を切ったように“死ぬ”やら“痛い”やら“帰りたい”やら喚き散らし、おまけに縋りついてくるものだから、何事かと行き交う人々の視線を一身に集めてしまった。

こんな風に泣き喚いているが、今回の任務で私は弟弟子の成長を肌で感じる事ができ、とても嬉しかった。
共に修行時代を過ごしていただけに万感の思いと言うのか……師範に怒られては木に登って泣き喚いていた、あの善逸がここまで。

幸いお互い大きな怪我もなく、次の任務が入るまで藤の家紋の家で休息を取ろうと思った、まさにその矢先、私はある物を見つけて瞳を輝かせる。
此処は温泉街。天然温泉、疲労回復に更には美肌まで……!
今でも隣でべそべそ泣いている善逸の羽織の袖をツンツンと引き、嬉々として言う。

「善逸、善逸! 入ろう、足湯……!」
「足湯? 良いねぇ! 入る入る!」

良くも悪くも、私達、姉弟弟子は切り替えが早かった。
心地いい温度の湯に両足を浸すと、じんわりとその暖かさが足を伝って全身に隈無く広がる。
命のやり取りを繰り広げ、緊張状態を保っていた身体が緩んで解れたような気がした。

「ぬあ゛ー……生き返る。死にかけてたけど生き返る……」
「生きてる……俺、生きててよかった……」

銘々に緩みながら自然と漏れた本音に、またもや衆目が集まった。
生きるとか死ぬとか、足湯に入りに来た若者二人が口にしていたら、実際何事かと思ってしまうだろうし。

「善逸、本当に強くなったね」
「ど、どしたの急に!」
「うん? 今日一緒に任務にあたって思ったの。修行してた時は師範から逃げ回ってよく木に登って喚いてたもの」
「それは言わないでって。でも、俺なんてまだまだ弱いんだ。今回も運が良かっただけでさぁ。実際、今回の任務でもなまえに何度も助けてもらったし」
「(気絶してたから、その間の事は覚えてないのかな……?)」

こんな風に自己卑下をする善逸であるが、彼のお陰で鬼を討てたと言っても過言ではなかったのだけれども。ジリ貧だった戦況をひっくり返したのは紛れもなく善逸の働きのお陰だった。
私は、そんな後ろ向きな見解ばかりの善逸に、満面の笑みを浮かべて「善逸は強いの! 私がそう思ったんだから、それでいいの!」と、強引に頭を撫で付けた。
やめろと言いながら善逸はとても嬉しそうに、何処か照れ臭そうに表情を綻ばせる。
嗚呼、私の弟弟子がこんなにも可愛い。

「そう言えばなまえ、太刀筋変わった? 何か前手合わせして貰った時と全然違うような気がしたんだけど」
「え? そうかな?」

指摘され、右の掌を握って開いて数回繰り返しながら、矯めつ眇めつ観察する。
特に意識はしていなかったけれど、言われてみればそうなのかな?と思う程度で。
煉獄さんの元でつけて貰った稽古のお陰で、最近は余裕を持てる立ち回りが出来る様になったし、戦況を見極める視界も広がったような気がしないでも無い。

「やっぱ霞柱の継子って凄いんだね。稽古つけて貰えるってだけでこうも強くなれちゃうんだしさ」
「私、時透くんの継子じゃないよ?」
「え゛!? じゃあ……自力? というか、まだ継子にしてもらってないの?」
「そうなんだよね。ちょっと今、時透くんから課題出されてて。あはは」

先日、このままの心持ちでは一生継子にしてやらないと宣言されてしまったばかりだ。
私の命を時透くんの為に使いたいのだと言ったら、即日返品を食らってしまった私の尊い命とは一体……。
それよりも、逆に正解を見付けさえすれば、私は時透くんの継子にして貰えるという事なので、希望は捨てない。諦めるには早すぎる。
その答えを時透くんの傍で見つけ出せたなら……こんなにも幸せな事は無い。

「ああ、でも一番の理由は、最近煉獄さんに稽古をつけて貰ってたからだと思う」
「は!? ちょ、待って。頭が痛い。情報量が多すぎて捌き切れないから……煉獄さんって、確か炎柱だったよね?」
「そうだよ。炎柱の煉獄さん」
「はぁ……なまえはとんでもねぇ姉弟子だ」
「?」
「霞柱に炎柱って……一体どうなったらそんな展開になんの!? 話がぶっ飛び過ぎて俺はよくわかんないよ……」
「そう? 凄くありがたいよ! 為になるし、学ぶべき事ばかりで」

「程々にしなよ?」なんて心配そうな視線を私へ向ける善逸に「大丈夫だよ」と微笑んで見せた。
普通なら時透くんと煉獄さん、このふた柱に稽古をつけて貰えるなんて滅多な事ではない。私は本当に恵まれた環境に身を置いている。
そう思うと、多少の理不尽は甘んじて受け入れるべきなのだろう。
鴉に額を突かれようが、尊敬する霞柱様に組み敷かれ、剰え口付けら、れ……止めよう。考えるのを止めよう。

「ねえ、あれから大丈夫だった?」
「あれから?」

あれから――と、言いますと?

善逸の言葉に対し小首を傾げる。
生憎と私の人生、特に最近は色々な事が目まぐるし過ぎて、言うなれば毎日何かしら起こっているが故に、何処からの“あれから”なのか分かりかねる。

「なんか変な血鬼術で成長した霞柱に拉致されていったじゃ――!?」
「っ、」

思わず色々と思い出してしまって、私は顔を真っ赤に染める。
そんな私からとんでもない音が漏れ出したのか、善逸は耳を塞ぎながら魂消たとばかりな顔をした。
そんな怯えた顔をされると、此方まで不安になってしまうのだけれど。
一体どんな音がしていたんだろうか?

「ごめん、その……何か地雷だった?」
「ぜ、善逸! あのね!?」
「う、うん。何?」

正直、聞いてもいいものなのかもよく分からない。
そんなものは人其々だと言われてしまえば、それで終わりだ。
けれど、男性という大きな括りの観点からでもいい。その答えを知りたかった。

ガシッ!と、善逸の両肩に手を掛けて鬼気迫る表情で問う。
「やだ、何!? 怖い!」と声を上げる善逸を気にも止めずに。

「く、口付け……」
「へ?」
「男の人って、どんな時に口付けするのかな!?」
「え? ちょ、ええええ!? なまえしたの!? ……ま、まさか、霞柱!?」
「……」

無言は肯定。
その言葉通り、私はうんともすんとも言わなかったが、その真意はしっかりと彼に伝わった。

口付けと呼ぶには、あまりにぞんざいで、無情であったけれど、確かにあれは口付けだった。
その真意を知りたくても分からない。
勘違いするな、と。意味は無いと、しっかり釘を刺された以上、直接本人へ追求する手段は既に絶たれている。

真っ赤になって俯く私を見て、善逸は驚いていたけれど、少し、複雑そうな表情を浮かべていた。
何かと葛藤する様な……切なげで、悔しげな。
こんな時、私にも善逸のような聞こえのいい耳があればいいのにと思ってしまう。

「あ、あーあ! なまえは何にも知らないよね、本当!」
「え?」
「外国では口付けなんて、ただの挨拶みたいなもんだから!」
「へ!? ……あ、あいさつ?」

海を遠く隔てた国ではあれが挨拶!?
善逸が鼻高々と言ってのけるものだから、私もついついそういう物なのかと感心してしまう。
じゃあ、その話の流れで行くと、先日のあれは【おはよう!ぶちゅ!】みたいな感覚なのだろうか?
いや、でも相手はあの時透くんであるし、あの場の雰囲気でそれは少し考えづらくはあるけれど……。

「そういうもの……なの?」
「そうそう! だから、深い意味なんて無いし、そんなに思い詰めなくてもいいんじゃない?」
「そっか。そうなんだ」
「うんうん!」

あの口付けに意味は無い。
時透くん本人にも、善逸にも似たような事を告げられたのだから、そういう事……なのだろう。
分かってはいた事だったのに、私は少しだけ期待をしていたのだろうか?

「(何だろう、私……落ち込んでる?)」
「(ごめんなまえ。俺、凄くずるい奴だ……)」

ツキン……と、小さな痛みが胸に走った。
ほんの小さな小さな痛みだ。
知りたかった事を知れたのに、どうして釈然としないのだろうか?
まるで、晴れることのない、霞が掛かったみたいに。

20200329


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