「時透くん! 今朝は、魚がとっても上手に焼けたと思わない?」
「そう」
「じゃあ、継子にしてくれる!?」
「嫌だよ」
「やっぱり駄目かぁー」
「食事中ぐらい黙ってられないの? 米粒飛んでるし……汚ったないなぁ」
「あはは、ごめんね」
「(魚が上手に焼けたから継子にしろって、やっぱりこの子意味わかんないや)」

真情を吐露するならば、実に面倒な事に関わってしまった――この一言に尽きる。

実の所、向かいに座って朝食を摂る彼女の事を僕はよく知らない。
よく知りもしない人間と膝を付き合わせて朝食を共にしているこの状況は、実に陳腐な光景だった。

それは言葉通り、みょうじなまえがどういった人間であるのか、その理解不能な思考回路から一挙手一投足、果てには紡がれる一言一句に至るまで……僕には彼女の全てが理解し難かった。
いや、“理解しようとは思わない”が正しい。だってどうだっていいのだから。
どうだっていい事柄は、僕にとって存在していないのと同義であるので、即ち彼女が誰であっても僕には関係がない事だった。

どうでもいいけれど、しかし、彼女がしつこく口にする“継子”の件だけは、捨て置く事が出来ない唯一の事柄。
現に僕は、それが原因でここ数週間彼女に付き纏い行為を受けていたのだ。
何がそこまで彼女を突き動かすのか知らないけれど。

そもそも僕は、こんな面倒事に拘っている程暇じゃない。柱を何だと思っているんだろう?
顔を合わせれば、やれ継子、やれ稽古と馬鹿の一つ覚えの様に繰り返すばかりで鬱陶しい事この上なかった。
仕方が無いのでその理由とやらを聞いてみれば、何でも、先の任務で彼女は僕に命を救われたらしい。
らしいなんて、あたかも他人事のような口振りだが、仕方のない事だった。

現に他人であったし、それに、僕はそんな事など露程も覚えていなかった。
簡単な話だ。僕は記憶の保持が困難であるから。
だからきっと彼女との事だって覚えるに値しない些末な事柄だったに違いない。
とは言っても、こうも毎回『継子、継子』と周りを彷徨かれ、付き纏われては堪ったものじゃない。
身を呈し鬼に喰われそうな隊士の命を救ったという美談でさえ未来永劫思い出したく無い事柄へと成り代わってしまう――と、いう事で。
悲しいかな三日程前から彼女は僕の屋敷に住み込んでいる。
正直、鬱陶しさが勝るが、毎回付き纏われるよりよっぽどいい。
勿論、住み込んでいるからと言って彼女は僕の継子じゃないし、する予定も無い。
その辺りの線引きは抜かりのない僕だった。

それに、居候という体なので料理や掃除、洗濯と言った雑務も任務が無ければこなしてくれているし、まぁいいか……なんて思ってしまって今日に至るわけだ。
蓋を開けてみれば、その家事能力といったら惨憺たるものだったが。

それに、いつか飽きるだろう。何事も人間いつかは飽きがくる。
今はただ執着しているだけで、し続けたところで叶わないと分かればいずれ疲弊して、いつしかどうでもよくなって、それは即ち飽きへと繋がるだろう。
一日も早くその瞬間を待つばかりだ。

「……あ、焦げてる」
「あれ? 可笑しいな……ははは。明日は頑張るから追い出さないで!」
「別に、これくらいの事で追い出したりはしないけど」

彼女が自信作だと言った魚を箸で捲り上げると、その見てくれの良さは表面だけで、裏面は目を覆いたくなる程に丸焦げだった。
証拠隠滅するぐらいなら、もっと上手くやればいいのに。
せめて自分の魚と交換するとか……と、言いかけて、目に入った彼女の皿に乗った焼き魚とおぼしきそれは炭の様だった。
あんなの食べたら死ぬんじゃないだろうか。

「ねえ、何で僕なの?」
「ん?」
「何でそんなに僕の継子になりたがるのか全然分からないから」

なまえは口の周りに付着した米粒を気にも留めず、むぐむぐと咀嚼しながら目を瞬かせる。僕はそんなに的外れな質問をしただろうか?
寧ろ僕の側からしたら、ここまで執着されている理由が甚だ疑問なのに。
彼女は口の中の物を飲み込んで、茶碗と箸を置くとその場に居直った。口の周りに張り付いた米粒はそのままで。
居直るぐらいなら米粒を取れよ。真剣な顔したって台無しなんだけど。と、突っ込んだ所で僕がなまえを継子にしてやることには直結しないし、どうでもいいや。

「惚れたからです!」
「……は?」
「鬼に喰われそうになった時、私を庇って一瞬のうちに鬼の首を刎ねた時透くんの勇姿と、華奢でありながらも逞しさを感じさせる背中に守られて猛烈に感動して、見惚れました。ビュッ!ズバッ!となって……! こう、身体中の血がグワワ〜っと湧き上がるような感動と興奮が今でも忘れられなくって!」

駄目だ。やっぱり僕は彼女の言葉が、その思考が理解出来ない。
後半に関しては擬音語が甚だしくて全く意味が分からない。何喋ってるんだろこの子。
それでも彼女は瞳を輝かせながら続ける。思考停止中の僕の事を置いてけぼりにして、彼女は熱く語る。熱く、暑苦しく語り継ける。
冷えたお茶でも浴びせて消火してやらなきゃ駄目かな?なんて思考が過ぎる程度には。

「あの夜、無表情で無情にバッサバッサと鬼を切り倒す時透くんの姿に、並々ならない強烈な憧憬をこの胸に抱きました!」
「そうなんだ」
「伝わりました!?」
「たぶん」
「じゃあ、継子に……」
「しないよ」

無表情でバッサバッサと鬼を切り捨てる僕は、継子志願の居候の願いも無情にバッサリと切り捨てる。例外なんて無い。
こればっかりはどんなに熱く語られようと僕の気持ちは揺るがない。そんな事で揺さぶられてたまるか。
あの程度の弁で籠絡される僕じゃ無い。
そもそも後半は何言ってんのか全く分からなかったし。
言下に断った僕に対して、流石に彼女も少しばかり臍を曲げたのか、目線を逸らし唇を尖らせてボソリと呟く。聞こえるか聞こえないかの声量で。

「……ケチ柱――あだっ!」
「聞こえてるよ?」

誰がケチ柱か。
ピンと指先で弾いた梅干しの種は、臍を曲げた彼女の額に直撃した。

「そんなに継子になりたいなら、煉獄さんの所に行けばいいでしょ? 君は脳味噌まで筋肉で出来てそうだし、強くなりたいならその方が手っ取り早いんじゃない?」

「ご馳走さまでした」と嫌味を吐きながら手を合わせ、食器を下げる。

「時透くんが良いって言ってるのに……」
「……」

弱々しい声を背中に受けながらも、僕は聞こえない振りを決め込んだ。
僕の耳は、こういう時だけ聞こえが悪い。
けれど、こうでもしなければこの話は帰結しないし、いつまで経っても堂々巡りなのだもの。
こうやって素気無くしていれば流石のなまえもいつかは諦めるだろう。

残りの白米を口内へ掻き込んで「ご馳走さまでした!」と、彼女も後を追う。
僕の手から食器を取り上げて流し台へ持って行ってしまった。

「あのさ、」
「大丈夫だよ、分かってます! 片付けが終わったら、打ち込み台が壊れるくらい素振りするよ!」
「……ああ、うん。そっか」

違う、そうじゃない。
食器ぐらい自分で運ぶし、いくら居候だからといってそこまではしてくれなくていいと伝えようとしただけなのに、何を思ったのか彼女の気合と意気込みを聞かされた。
まだまだ私は諦めませんと再度宣言されたようなもんだ。
別にいいけど。
僕には僕の柱としての任務があるし、平隊士のなまえと柱の僕では時間の重みも違うのだから。好きにすればいいさ。

食器を洗う彼女を一瞥して、特に声を掛ける事もせず玄関へ向かう。
それなのに、また、バタバタと騒がしい足音が後を追ってくる。
雛が親鳥の後を追うそれの様だと思った。
そして、毎回飽きもせず彼女は言うのだった。陽の光の様な眩しく暖かな笑顔を浮かべて。

「時透くん、行ってらっしゃい!」
「……行ってきます」

なまえの笑顔は、僕には眩し過ぎる。
彼女に関して何とも思わない僕が、唯一目を反らせないのがこの笑顔だったりする。
そのせいで……ほらまた、余計な一言を言ってしまう。
彼女のせいだ。その、笑顔のせいだ。

「時間があったら」
「うん?」
「継子にはしないけど、稽古くらいならつけてあげるよ。時間があったらね」
「……! あ、ありがとう!」

嗚呼、面倒くさいだけなのに。
僕は少しずつ毒されてしまっているのだろうか?
しかし、霞の掛かった記憶の前ではそんなものも所詮は杞憂だ。
それこそ、どうせこんな毎日も直ぐに忘れてしまうのだし。

20200125


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