「伊之助ぇ! お前ちょっとそこに直れ!!」
「あ? 何だよ。ギャーギャー騒いでうるせェな」
「煩いじゃないよ! お前……お前は本当に……今日こそ一言言ってやらなきゃ気が済まない!」

額に青筋を浮かべて憤怒するのは、言うまでもなくなまえの弟であり、俺の同期でもある紋逸だ。
朝っぱらから蝶屋敷を訪れたかと思うと、俺を呼び付ける。珍しく怒っていた。
それも結構なキレ具合で、大体コイツがこんな風に俺にキレてかかる時はなまえが絡んでいる。
だから、きっと今回も――。

「お前、なに人の姉に噛み痕残してくれてんだよ!?」

ほらな。やっぱり、なまえ絡みだった。
今回は何て言った?ああ。噛み痕を残すな――だったか。

「アイツが美味そうなのが悪りぃ」
「はぁぁああ!? 出たよ! この野獣柱が! あのな、言っとくけど姉ちゃんは年頃の女性なんだよ! ああ見えて世間じゃ美人に数えられる方なの! 俺には似ても似つかないの! 顔は知らないけど、両親の顔面遺伝子の最高傑作なんだよ姉ちゃんは! 分かるか!?」
「……。紋逸、腹減ってんのか?」
「違ぇーよ! 頼むから八割……いや、五割で良いから俺の言いたい事理解してくんない!?」

ギャーギャー騒ぐだけで一向に紋逸の言いたい事が分からない。何だ?噛み付くなって事か?

「困るだろ!?」
「何がだ」
「だから、もしも跡が残ったら困るだろって言ってんの! 傷物になって嫁げなくなったらどうするんだよ!?」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「お前が何言ってんだ! 会話を成立させてくれよ!」

ジッと紋逸の目を見つめると、「曇りなき眼が余計腹立つな!」とたじろいだ。
だが、正直俺には理解し難い。紋逸はせめて五割を理解しろと言うが、五割どころか全く理解出来ない。
何で困るんだ?嫁?傷物?そんなもの関係無い。
だって、何故ならなまえが嫁に行く事がなければ、傷物になってしまったからと言って困る事もないからだ。

「ちょっと、一体どうしたの? ……善逸! 来てたんだ。いらっしゃい」
「うう……姉ちゃん。俺はさぁ、姉ちゃんにだけは幸せになって欲しいんだよぉ!」
「へ?」
「それなのにコイツったら全っ然、話が通じなくて! もうヤダ!!」
「はぁ゛あん!?」

再び、今にも噛み付かんとばかりに衝突する俺達に、なまえは慌てて仲裁に入る。

「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いてよ二人とも……!」
「丁度いい! 伊之助、お前今此処で誓え! 金輪際姉ちゃんに噛み痕残さないって」
「そんなもん俺の勝手だろうが! それに大体さっきから嫁嫁うるせぇ!」
「噛み痕? 嫁? 一体何の話、を――ぎゃあ!?」

俺と紋逸の間に入っていたなまえを引き寄せて腕に抱く。そして柔らかな頬へガブリ、噛み付いた。

「お、おまっ……お前! 言ってるそばから!!」
「コイツは俺のだから関係ねーんだよ。嫁には行かねェ。俺の“雌”だ」
「はぁああ!? なに勝手な事言っちゃってんだよォ!? 認めない! 認め無いからな!! あと、雌って言うな!生々しいから!」
「紋逸、お前にも返さねェぞ?」
「そのドヤ顔が非常にムカつきます! やめろ!」

そんなやりとりを繰り広げていた時だった。紋逸の鎹鴉ならぬ雀が飛んで来て、任務を告げたのは。
それでも一向に発とうとしないので、とうとう立腹した雀が紋逸の手の甲をミチィ!っと嘴で摘み、抓り上げた。

「イダダダダ! わ、分かった! 行くよ、行くからっ」

必死に雀に告げたあと、俺を見て「俺は認めて無いからな!」と捨て台詞宜しく吐き捨てた紋逸は、蝶屋敷を後にした。
静寂が戻ったのを頃合いに、腕に抱いたままにしていたなまえの様子を窺うと、真っ赤に頬を染めたままピクリとも動かない。

「い、伊之助くん……今のって」
「あ? 今更だろそんなもん」
「えっと……」
「お前は俺のモンだろーが。何か文句あんのか?」
「も、文句って……――ふ、んぅ」

勿論、そのまま彼女が黙っている訳がいないので。何たって紋逸の姉だからな。騒ぎ立てるに違いない。
だから、そんな騒がしい口はさっさと塞いでおくに限るだろ?

嫁ぐ?他の男?そんなもんは反吐がでる。
誰にも渡すつもりなんざねーよ。お前だけは何があったって。


20200506


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