「うぅ……ぐず、……うぇ、痛い゛ぃぃ」
「……おい、やる気あんのかお前」
「あ゛るげどォ……伊之助ぐんの、お゛腹が……」

さっきから、ぐずぐずと泣きながら人の怪我の手当てをするのはやめてほしい。
痛いのも俺だし(まあ、実際そこまで痛くは無いが)、泣くのも俺の方(これっぽっちじゃ泣かないが)だと思うのだ、普通は。
普段はしない様な傷を作って帰還したものだから、左肩から右脇腹にかけて広範囲に及ぶ一線の切創を負った俺を見て、なまえは酷く心配していた。
急いで手当てをする様に言って俺の手を取り、処置室へと引っ張り込んだのだった。
生憎、しのぶは留守であるらしい。
毒の影響もなく、変な血鬼術にも掛かっていなかった為、彼女一人でも処置出来るらしい。

「何でお前が泣いてんだよ。こんくらいの傷なんざ痛くも痒くもねーぜ」
「痛いよ! 消毒してるこっちが痛いの!」
「んじゃあ、貸せ。こんくらい自分で出来る」
「だ、駄目だよ! 伊之助くん乱暴にするでしょ!?」

対面に座る彼女に向かって手を差し出すと、消毒薬の染み込んだ綿球を摘むピンセットを大袈裟に取り上げる。そして、差し出した俺の掌をペチンと一回叩いた。
心配して労るのか、乱暴なのか、分かったもんじゃ無い。

彼女は鼻をズズッと啜って、血の付いた綿球をトレーに避けて縫合に取り掛かる。

「これから縫うからね? い、痛いよ……?」
「あ? そんなもん何回もやってんだからどうってことねーよ」

幸い軽く縫合する程度で済んだ傷でも、彼女は酷く悲しげな顔をして処置を施していく。
普段ギャーギャー喚いてばかりの彼女の、真面目な顔だった。
長い睫毛を濡らし目尻に溜まった涙が、瞬きをすると溢れ落ちそうだなと、上からぼんやりと眺めながらに思う。
そういえば、いつだったかしのぶが言っていた。なまえはとても筋がいいと。
成る程、とても手際が良く、処置の早さも丁寧さも申し分無い。

鋏で余った糸を切って、包帯を手にしながらなまえは口を開く。
俺の顔を見ない様子からして、彼女は機嫌を損ねているらしかった。

「あのさ、伊之助くんさ、ちゃんと隊服のボタン止めなよ……止めてたら今回の傷だって縫わなくて済んだかもしれないじゃん」
「やなこった。窮屈なんだよ」
「んなっ! そ、そんな事言ってる場合じゃな、い――」

やっと此方を見上げた瞳と視線が交わる。
腕を掴んで引き寄せると、その目尻から溢れ落ちそうな涙へ舌を這わせた。
案の定、彼女の喚く声はピタリと止む。そして、驚いた表情をした後、ボボッと顔が真っ赤に染まった。
もっとこっちに来いと言わんばかりに、その細い腰へ腕を回すと、促されるままになまえは俺の元へとやってくる。

「泣いたり、怒ったり、驚いたり、真っ赤になったり……忙しい奴だなお前」
「い、伊之助くんがそうさせてるんだよ……!」
「ふぅん。……んじゃ、もっと他にねーのかよ」
「ほ、他!?」
「なんか言うこと、他にあんだろ?」

じっと、なまえの目を見つめて問うと、そこで漸く気が抜けたのか、彼女は再び涙ぐんで、えぐえぐと泣き出した。

自分でも不思議だと思うほど、頭をよぎるのだ。戦闘の最中。帰還する最中。
この腹を裂かれた瞬間だって。
俺は、こんな所でくたばるわけにはいかないと――なまえ、お前の顔が浮かぶんだぜ?

「お、お帰り……お帰り、伊之助くん……! 生きて帰ってきてくれて、うぇ……良がっだよぉ!」
「おう、当たり前だ」

だから、そんなに泣くな。
いつもの喧しい金切り声と愛らしい笑顔で俺を迎えてくれ。
俺は、それだけで十分だ。


20200426


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