「い゛、痛い……! ちょ、痛い痛い痛い!!」
「あ゛? 大袈裟な奴だな。いちいち喚くなよ」

彼女の訴えなど「お前がわりぃんだろーが」と切り捨てて、俺は再びガジガジとなまえの腕に齧りつく。
筋肉が僅かにしか付いていない彼女の柔肌は齧りがいがあるというもので。
なまえは困惑の色を滲ませながら、己が肌に食い込む歯を怯えながら見ていた。否、そうする事しか出来なかったのかもしれない。苛つきを駄々漏らせた俺に気圧されて。

だって、仕方ねーだろ。他の男にベタベタ触らせやがって。
脳裏に焼き付いた映像に、俺はまた顔を不機嫌に歪めた。
彼女は理解に苦しんでいるのだろう。どうして自分がこんな目に合わなければならないのか、分からないのだ。その鈍感さが更に俺の苛立ちを加速させる。

腕やら手やら指やら散々齧っても満足出来ない俺は徐に首へと手を掛ける。そのまま犬歯を突き立てた。
「ぎゃ! 急所はやめてよ!」なんて叫ぶ彼女の首へくっきり浮き上がった歯型を見ても、どうしてか満足ならない。

「い、伊之助くん……! 何でこんな事するの!?」
「んなの、お前が他の男にベタベタ触らせてるからだろーが!」
「はぁ? ……させてない。覚えがない」
「はぁあん!? させてただろ!? 中庭で! 隊士に!」

真剣な顔をして真剣に惚けるものだから、俺はいよいよ我慢ならなくなって声を荒げて事の次第を告げた。
それでもまだなまえは怪訝な顔付きで俺を見るから、益々苛立ちが増してしまうばかりだ。
そうやって、ニブチンだからあんな雑魚の下心みたいなもんにも気が付かねーんだ。

「あー……ああ! ヤダ、あれはただ腕の調子を確かめてただけだよ。あの人ちょっと前に腕骨折してたから」
「だーかーら、そんだけじゃねんだよアイツは!」
「何をそんなにムキになるのかよく分からないんだけど。だって私は伊之助くんの所有物じゃないんですけどー」

呆れた風に言って、俺に齧られた首を手鏡で確認するなまえは「うわぁ」と、たまげながら救急箱を漁る。
折角ついた印を隠そうなんて魂胆ならば、そんなの阻止する以外に選択肢はない。

「だったら、俺のになりゃいーだろうが」
「へ?」

俺は目の前の小さな背中をぎゅうっと抱きしめて、肩に顎を乗せて言う。

「ぎゃぁあ! ちょ、伊之助くん!?」
「なあ、なまえ。俺のモンなれよ」
「な、何で二回言ったの!?」

なまえは前を向いたまま叫ぶ。キレながら叫ぶから金切り声が喧しい。
弟が汚い高音なら、姉は騒しい金切り声か。喧しい姉弟だ。
いつまでも返答を寄越さないから、俺はムスッと顔を不機嫌に歪める。
首元を覆う手を上から包み込むようにぎゅうっと握って、そして、どかせた下から覗く歯型をベロリと舐めた。

「ひっ……んぅ、」
「!」

てっきり、またいつもの様な“舐めた! いやぁああ!”だなんてギャーギャー叫び散らすかとばかり思っていたので、この反応には素直に驚いた。パチパチと双眸を瞬かせる。

「い、伊之助くん……今何で舐め――っ、ん」

今のは完全に彼女が悪い。このタイミングで振り向くからだ。あんな甘ったるい声を出すからだ。
そんな――物欲しそうに俺を見るからだ。思わず、唇を奪った。

何だよ。お前、そんな声がちゃんと出せるんじゃねーか。
噛み付いてばかりで、刻み込むばかりで、気が付かなかった。彼女への触れ方みたいなものが。己の感情をぶつけるばかりで。
嗚呼、不思議なものだ。幾ら歯型をつけたとて、渇いてばかりの感情がこうも満たされるなんて。

「伊之助くんの、バカ」
「あ゛!?」
「こういうのは、返事を聞いてからするもんなんだよ……」
「! ……じゃあ、なんのか? 俺のモンに」
「……、一旦持ち帰らせて頂きマス」
「はぁあん!? 喧嘩売ってんのかお前!」

ただ、それが一筋縄でいくかどうかは、定かでないが。


20200403


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