「!?」

彼はいつも突然過ぎる。
どうしてこうも、あたかもそれが当然であるかのように、さらりと心身共に私の中に入り込んでくるのだろうか?
そして、それは本日も白昼堂々行われた。私が縁側でちょっとうたた寝をしていた隙に任務から戻って来ていたのか、眠りから覚めた私の視界に飛び込んできたのは、膝に頭を乗せてスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立る獣柱――伊之助くんだった。
不意打ちは卑怯だ。心臓に悪い。五臓六腑がヒュッとなる。
その無駄に美しい御尊顔を、不意打ちで見る羽目になる私の身にもなって貰いたい。

だがしかし、私にとってはこれからが試練なのだった。
長時間の正座で痺れた脚をどうにかしたい。その為には伊之助くんの頭を退かさなければならないのであって、それは即ち心地良さそうに眠る彼を揺すり起こさなければならない。

「(し、試練だ……! 嗚呼、でも……)」

膝に乗せられたその顔を見て、私の時は一瞬止まった。
伊之助くんは本当に綺麗な顔をしているなと思って、その色白の肌に指をソッと滑らせた。
睫毛が長い。綺麗な白い肌。鼻筋も通って小ぢんまりとして、女の子みたい。その割に、必要な筋肉がしっかりとついた男らしい身体つきだったり、日輪刀を握る掌の剣ダコだったり……。
私は伊之助くんの手を確かめるみたいに触れてみた。大きくて、ふしくれ立っている。

そんな時、不意に我に返って、無意識に伊之助くんへ近付けていた顔を退かせる。一体何をしているのかと。――だが、それは突然後頭部へ回った手によって阻止された。
勢い良く開いた双眸がギョロリと私を見上げる。驚くってもんじゃない。

「うわあああ!」
「うるっせぇな! 耳元で喚くんじゃねー!」
「伊之助くんのせいだからね!? ていうか起きてたの!?」
「嫌でも目が覚めちまうだろーが。あんなベタベタ触られたら」
「べ、ベタベタは……語弊がありますぅー」
「はぁあん!? 触ってたろうがうざってぇくらい」

それにしても、私は今のこの体勢がしんどくて堪らないのだけれど。
首が思いっきり下へと引っ張られている。首の可動域の限界まで下に。

「わ、わかった! 分かったから離して伊之助くん……!(首がもげる!)」
「あ゛? 何でだ。お前が売った喧嘩だろうが」
「なんの!? よくわかんないけど、わ、私の負け! はい負け! 負けた負けた! 降参します……!」

だから早く腕を退けて。私の首がもげる前に。

「おいコラ! 目ぇ逸らすんじゃねぇ!」
「ひい……!」

一体何が起こったのか。私は何の抵抗も出来ないまま、伊之助くんの顔が迫りくるのを見つめている事しか出来なかった。そしてその瞬間、鼻へ走った鋭い痛みに身体を強張らせる。
鼻を、齧られた。

「は、鼻っ……!?」
「お前が目を逸らすからだろーが!」
「だからって、鼻を齧るって一体どんな言われの無い暴力……――わっ!?」
「なまえ!」

何だよ。名前普通に呼べるんじゃん。いつもちょんまげとか変な呼び方するくせに。

逃げ出そうとした私は、自分の足が痺れている事を忘れていて、まんまと後ろへ倒れ込む。が、寸でのところで伊之助くんに支えて貰って、事なきを得たのだった。
けれど、それは事なきなんて得ていなかった。始まりでしか無かったのだから。
至近距離で顔を合わせた相手が伊之助くんである。逃がしてもらえない事など明白だった。
ギラリと、鋭い眼光が私を射抜く。それこそ、獣よろしく。
直後「腹が減った」と吐き捨てられてしまった私の末路なんて、言うまでも無い。
直に唇を塞ぎにかかる彼は、今日も私の捕食者である。


20200330


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