屋敷の何処を探しても目当の姿が見当たらない。こんな事は珍しかった。
此処で雇われている以上、アイツが何処かへ行くわけが無いし、大概アイツがいる場所なんて限られている。姿どころか、声すら聞こえないなんて。
此処に来れば会えるもの。自分の戻る場所。そんな認識があっただけに、空振った時には酷く腹立たしい。会いたいと思う時に会えないなんて、何の為の帰巣であるのか。

「おい、アオコ! ちょんまげ何処行った!?」
「伊之助さん、お疲れ様です。私はアオイで此処にちょんまげなんて名前の子はいません。なまえなら療養中ですよ」
「はぁ? 療養ってどういう事だ? アイツ怪我でもしたのか?」

療養中と聞いて、思わず顔を顰める。こんな事は初めてであるし、それにアイツは弱味噌だからな。身体は小さい、腕だって細っこい。色も白いし、体力も無い。放っておいたら野垂れ死んじまうぜ。今まで良く死ななかったなと思う。

「いいえ、風邪ですよ」
「風邪だぁ? ったく、やっぱり弱味噌だぜアイツは」
「今、隊士の間でも流行ってるんですよ風邪。なまえはその隊士の方々を手厚く看護してましたから」

手厚く看護……。俺はそんなもんされた覚えがねぇぞ、ちょんまげ女。

「あっ、ちょっと! 伊之助さん! 移りますから、無闇な接触は禁止ですよ!」なんてアオイの声を背に受けながら、俺はなまえの療養する部屋へ向かった。
部屋の戸を開けると、ベッドに横たわり、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している彼女を見つけて、側に寄る。

「おい、」

見下ろすように傍へ立ち、短く呼び掛けるも、なまえは俺の声に反応するどころか相変わらず苦しそうに息をしているだけだった。
相当辛いのか、熱が高いのか……眠っているらしい。
頬は上気しているし、汗をかいて額に前髪が張り付いている。
薄く開いた唇から溢れる浅い呼吸が、普段から弱々しい彼女をより一層そう見せる。それこそ、このまま事切れてしまいそうだと思えてならない程に。

おい、いつもの減らず口は何処へ行った?
あからさまに嫌そうな目で俺を見てたろう?
でも、やっぱり最後に困った風にはにかむ愛いらしい笑みは何処へやったんだ?

『無闇な接触は禁止ですよ』と、脳裏によぎったアオイの言葉なんて次の瞬間には何処かへ追いやった。
これは、言うなれば無意識だったのだと思う。なまえの顔の横へ腕を付いて身を屈める。
ギシッ……と軋む音を聞きながら、額へ唇を寄せて、そのまま瞼へ唇を落とす。
最後に、熱を帯びた唇へそっと己のソレを重ねた。

「……つまんねーから、早く治せよ。なまえ」

いつも通りのお前じゃなきゃ、退屈で仕方がない。

一週間後、改めて蝶屋敷へ赴くと、いつも通りの騒がしい声が俺を迎える。
その手には、俺がなまえの為に枕元へ千切って置いて帰った花が、栞になって握られていた。


20200326


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