「おい! ちょんまげ」

散々探して、探し回って、やっとの思いで見つけ出したなまえに向かって呼びかけると、いつものように「ちょんまげじゃないです! なまえだよ!」と威勢のいい声が返って来る。

俺は苛々していた。
まず、蝶屋敷に赴いても彼女の姿が直ぐに見当たらなかった事。そして今、俺が呼んでも一向に此方を見ようとせず、茂みに顔を突っ込んだままでいる事。
俺が顔を見に来てやったと言うのになまえの気は逸れたままで、自分以外の何かに彼女の気が向けられている事が実に面白くない。
いい加減にこっちを向けと言わんばかりに、茂みに突っ込まれた上半身を引っ掴んで引き摺り出した。

「ちょ、痛い痛い痛い! 何すんの!?」
「何って、お前がいつまでたっても俺様を……て、泣いてんのか?」
「泣いてない」

半ベソをかいているなまえは、ふいっと顔を背ける。
それがまたカチンと来てしまって声を荒げそうになったが、しかし、泥で顔と服を汚し、髪の毛に蜘蛛の巣を被った様子にその気は収まってしまった。
一体そんなになりながら何を探しているのかと問い掛けると、なまえは震える声で「……どんぐり」と小さく溢した。

「はぁ? こんな所にどんぐりなんざ落ちてるわけねーだろ? お前そんな事も知らねぇのか?」
「そんくらい知ってるよ! そうじゃなくて……伊之助くんに貰ったどんぐり。落としちゃったの」

何をそんなに泣き出しそうな顔で言い出すかと思えば。
俺にはなまえの感情がいまいち理解出来ず怪訝な顔をすると、彼女も彼女で俺に負けず劣らずな顔をした。
これは喧嘩を売られているのだろうか?

「そんなもん、また新しいのやるよ」
「だ、駄目だよ! 駄目なの……何で分っかんないかな!?」
「あ゛ああん!?」

やっぱり俺は喧嘩を売られている。

「だって……あれは、初めて伊之助くんから貰ったどんぐりなんだもん。宝物なの。だから、あれがいいの。あれじゃなきゃ……嫌なの」
「……。おい、本当にこの辺に落としたのかよ?」
「う、うん! この辺で間違いないと思う」
「さっさと探すぞ」

俺は単純なのだろうか?
コイツの一言で腹を立てたり、どうしようもない程にホワホワと柔らかい気持ちにさせられる。俺よりも何倍も弱く、身体だって小さいくせに。

それから二人で散々探しまわって、漸く見つかった時には俺もなまえも土に塗れていた。
無くすなよと、開かれた彼女の手にコロン……と、どんぐりを落とすと酷く嬉しそうに笑って、何度も何度も頷いた。胸にぎゅうっと抱くその様を見て、俺は無意識になまえへ手を伸ばした。

「伊之助くん、ありが――っ!」

後頭部へ回した手で手荒く引き寄せて、そのまま唇に噛み付くみたいに口付ける。
否、口付けるみたいに噛み付いたと言う方がしっくりくるだろうか。

「痛っっっい! ちょ、え!? か、噛んだ……!」
「お前が悪いんだろうが! 俺をホワホワさせやがって!」
「はぁい!? 伊之助くんの理不尽!」

そう、理不尽だ。どうにもならない。そんな顔で俺を見るからだ。
この世が弱肉強食であるのなら、お前は俺に捕食される側だと言うことを決して忘れてはならないのだから。


20200323


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