来た。
ドカドカドカと、無遠慮に床を踏み鳴らす音が背後まで迫った途端、私の身体は宙に浮いた。

「ひえっ……!」

浮いたのではない。担がれたのだ。
米俵宜しく肩に担ぎ上げられて、見下ろした先には先程まで談笑しながら洗濯物を畳んでいた、すみちゃん、なほちゃん、きよちゃんが慄いた表情で此方を見上げる。
突然現れて、人を掻っ攫う真似をする人物なんて一人しか思い当たらない。

「ひ、人攫いいいい!」
「……ッチ」
「っ!?」

今、チッて言ったよね?
反射的に身を強張らせながらも、私は土埃にまみれた隊服を着た背中をポカポカと叩いて抵抗を見せるが、あれよあれよとそこら辺の空き部屋へと連れ込まれてしまった。
勢いよく襖が閉まる。

「だぁぁああ! うるせぇな! 俺は人攫いじゃねぇ!」
「やってる事は人攫いと大して変わらないじゃん……毎回毎回、任務から戻ってくる度に攫っていくじゃん、伊之助くん」

何をされるのかと身構えていると、伊之助くんは綺麗な顔を不機嫌に歪めて、私を抱き上げて膝の上にちょこんと座らせた。
無駄に美しいその顔で、しかも至近距離で見上げられれば、私はこれ以上抵抗出来なくなる。
羽織っただけの隊服から鍛え抜かれた六つに割れた腹筋がちらりと覗いて、顔に熱が集まった。直視出来ない。
顔を思い切り背けたものだから、伊之助くんはそれが気に食わなかったらしい。
私は性懲りもなく、彼を焚き付けてしまったようだ。

「なっ!? おい、顔背けてんじゃねーよ!」
「じゃあ、隊服ちゃんと着てよ!」
「あ゛!? 着てんだろーが! お前が着ろっつーから」
「それは羽織るといって、着るとは言わないの! お、お腹冷えるよ!?」

「俺はそんなんで腹壊す程、弱味噌じゃねぇ」と言って聞く耳持たずという様子で反発する伊之助くんは、一体私をどうしたいのだろう。
獣柱よろしく噛み付かれてしまいそうだと思いながら、彼の両肩を突っ張るように押しのけて抵抗を見せる私に、伊之助くんは乱暴に私の両手首を掴んだ。純粋に痛い。

「ギャーギャー騒がしいのは紋逸そっくりだな」
「今、関係ある!? 紋逸じゃなくて善逸だけどね!」

何を思ったのか、伊之助くんは掴んでいた私の手を、綺麗な顔へ添えた。

「な、ななんっ!?」
「触れよ」
「は?」
「お前に触られんのホワホワすんだよ」
「……」

益々訳がわからないと戸惑いつつも、私は言われた通りにぎこちなく伊之助くんの頬を、髪を、撫でる。
いつまで続ければいいのかと思いながら撫で続けると、伊之助くんはそれはそれは心地良さそうに目を細めるものだから、此方までそのホワホワとやらが感染してしまった気になる。
まるで大きな獣を撫でているような気分になってしまった。
そう言えば、海を隔てた遠い国にはアニマルセラピーという言葉が存在するのだと書物で読んだ事があるが、なるほど、それはきっとこんな気持ちを言うのだろうなと、ぼんやりと思った。


20200318


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