「し、師範……そのお怪我は一体どうされたのですか!?」
「なまえ……! あー、ちょっとヘマしちゃった……へへ」

蝶屋敷の病床で横になる俺の元に、顔面蒼白のなまえが慌てた様子で駆け寄った。
頬に貼り付けた大判のガーゼに、片目を覆うように巻かれた包帯。
それから左腕と腹周りにも包帯をぐるぐると巻き付けられているせいか、怪我自体は大した事がなくても大仰に見えてしまう。

「ちょっとじゃない……全然、ちょっとじゃないです……師範、っ」
「ん、心配掛けてごめんね……なまえ。でも、本当に大した怪我じゃないからすぐ治るし、大丈夫だよ」

それにしたって、なまえは何故俺が帰還して蝶屋敷に運ばれた事を知っているのだろう?
まぁ、大体予想は付くけど……。彼女が「日柱様から聞いて驚きました」と口にしたので、やっぱりそうだと思ったと溜息を吐いた。
嗚呼、ほら。泣きそうな顔をさせてしまった。だから嫌だったんだ。

俯いたまま小さく肩を震わせる彼女を、俺はそっと抱き寄せる。

「なまえ、泣かないでよ」
「泣いて、ませんっ……」
「いやいや、泣いて――」
「泣いてません! これは、……汗です!」
「……あ、ああ……そ、そう?」

俺の恋人は目から汗が出るのか。逞しいなぁ、おい。

そう言えば、初めて彼女と出会ったのも今回同様、救援に向かった時だったなと懐古する。
鬼殺隊に入隊したてで階級も癸。仲間が次々鬼に殺され絶命していく様を、彼女は目の当りにしながらも懸命に、震える手で刀を握っていた。
その時も、彼女は泣いていて、これは涙ではなく汗だと言い張った。
脆さを隠そうとせず、真面目腐った顔で言い張るから呆気に取られたのと同時に、俺が守ってやらなきゃって思ったんだっけ。
彼女は何も変わっていない。多くを失って、明日をも知れない世界に身を置きながら、心根の真っ直ぐな様は出会った時のまま純真で無垢で、何にも汚されていない。

「善逸さんが無事で、本当に良かった……」
「簡単にはくたばんないよ。昔から運だけは強くって……それに今は、守りたいものが俺にはあるからさぁ。なまえの事だよ?」

彼女の頬を濡らす汗――基、涙を俺は指で拭った。

「善逸さん、善逸さん……」
「なまえ……――んぶ!?」

瞳を閉じて唇を寄せた時だった。俺の唇に触れたのは、柔らかな唇ではなく陶器のような無機質で硬い感触だった。嫌な予感がする。

「では師範。張り切ってこの煎じ薬を飲んでください」
「な、なんでなまえがそれ持ってんの!?」
「アオイさんから聞きましたよ? 血鬼術で神経に作用する毒を受けていると。それなのに苦いからと言って飲まないのだと」
「う゛」
「蝶屋敷の方々を困らせてはいけません。仕事を増やしてどうするんです? 師範は鳴柱ですよ? 皆の手本となり、率いて行かなければなりません。今や鬼殺隊一翼を担っているんです。そんな立場の人間が、たかだか湯呑み一杯の煎じ薬で駄々を捏ねて恥ずかしいとは思わないのですか?」
「うう゛」

正論という名の言葉の暴力が俺の心を嬲り倒してくる。
打たれて、抉られて、俺の心はぺしゃんこだ。

「ですから、私がお手伝いします」
「へ?」

お手伝い?確かに彼女は今、そう言った。
煎じ薬を飲む手伝いって一体どうするのだろう?まさか、飲み終わるまで先程のように言葉の暴力で心を嬲られ続けるのだろうか?地獄だ。この世の終わりだ。
可愛らしい顔をして、何て恐ろしい恋人なんだ……。

しかし、俺の予想は呆気なく裏切られた。それは願ってもいない方法によって。
なまえは、あろう事か病床に上がって膝の上に跨ると、俺の頬へ手を添える。

「師範、溢してはいけませんよ?」
「へっ!? あの、ちょ、なまえちゃん!?」
「頑張って全部飲み切りましょう」
「――っ、」

てっきり無理矢理に抉じ開けられた口内へ容赦なく煎じ薬をドバドバと注がれるとばかり思っていただけに、まさかこんな美味しい展開になろうとは。
差し詰め、しのぶさんの入れ知恵と言ったところだろうが、これは、嗚呼――堪らないかもしれない。

湯呑みに口を付け、煎じ薬を含んだ彼女の苦い苦い唇が俺のそれに重なって、口内へ注がれる。
コクンと喉が鳴ったのを確認して、彼女は唇を離した。

「これは、中々の煎じ薬……ですね」
「でも、これなら何杯でも飲めちゃうかも。……ねぇ、なまえ――早く次の頂戴?」

彼女の唇の端に付いた薬を舌で舐めとって強請ると、顔を赤くした彼女が調子に乗らないで下さいと言って、結局残りは抉じ開けられた口内に湯呑みからそのままドバドバと注がれてしまったのだった。

「オエ゛ェ……! ざ、雑すぎない!?」
「師範素晴らしいです。任務完了ですよ」
「お陰様で……」


20200508


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
×
- ナノ -