善逸さんは、饒舌な方だ。
それは、汚い高音と称される叫び声も含めて。
だからか、初めて善逸さんと顔を合わせた時の第一印象はよく喋る人だなと思ったものだ。
私があまり人と友好的に話せない性分だから、余計にそう思うのかもしれないけれど。
けれど、だからこそ。物静かで言葉数の少ない時の彼程、恐ろしいものは無いのだと私は良く知っている。

「……っ、しは」
「“善逸”。何度教えれば分かるの? なまえ」
「ぜ、善逸、さん……」
「そんなだから、こんな物貰ってきちゃうんだよ。押しつけられた? 断りきれなかった? ――そんなの言い訳になるか。俺が知らないところでコソコソと」

善逸さんが手から放った冊子が、バサバサと音を立てて散らばった。

嗚呼、怒っている。だって、私の前ではいつだって何があったって笑顔だった人だ。
私を可愛がって、愛でて、包み込んで、甘やかしてくれる人だ。
そんな優しい人をこんなに憤怒に塗れた表情に、重苦しい声にしてしまって。私は何て悪い人間なのだろう?

「なまえは、まだちゃんと分かって無いの? 自分の立場、理解してない?」
「ご、めんなさい……」
「どうしようか? どうすればちゃんと自覚が持てんの? ねえ、なまえ」

組み敷かれて、両手を頭上で拘束されてしまった私に何の抵抗も出来る筈が無い。
彼方で散らばった数冊のそれは、所謂お見合い写真で、私が彼と一緒に見回る鳴柱管轄地域で、善逸さんが話を聞いて回っている隙に、よく話をする呉服屋の店主から渡された物だった。
勿論、私にそんな気はない。だから、今度の巡回でちゃんと返事をして、返そうと思っていた。
けれど、先程見つかってしまって、今に至ると言う訳だ。

正直、動揺している。見つかれば怒られるだろうなと多少の覚悟はしていた。不貞腐れてしまうだろうから、どうやって謝罪して、宥めようかと思案していた。
それなのに、この怒り様は私の想像を遥かに超えていて、戸惑う以外の対応が出来ない。

ミシミシと、掴まれた手首の骨が軋む。痛い。苦しい。怖い。
でも、きっともっと痛くて、苦しいのは彼の方だから、はね付ける事が出来なかった。

「――いっそ、孕ませてあげようか? ココに、俺の子」
「なっ、それ……は」
「いつも中は嫌だとか、外に出せとかばっか言うから、そうしてあげてたけど……まぁ、子を孕んじゃえば嫌でもなまえは俺のになっちゃうね。ずっと一生俺だけのものだもの」

善逸さんは、トントンと下腹部を指で示して、ゆるりと掌で何度も撫でる。
その仕草が閨事を想像させて、それだけの事で意思とは関係無しに摩られた部分がじわりと熱を帯び始める。
理不尽極まりない事を告げられているのに、どうして私の身体は熱く滾ってしまうのか。

存外、求めているのかもしれない。胎へ彼のものを全て注がれる事を、望んでいるのかもしれない。
子を孕んで、身も心も彼だけの物になるのを心は、身体は、それが本懐なのだと訴えているのかもしれない。
だからたとえ、こんな風に乱暴にされたって、手酷く抱かれたっていいのだ。
だって私はもう、貴方以外の誰かなんて選択肢は存在しないのだから。
ソッと目を閉じると、手首を拘束していた手の力が緩んだ。

「……善逸さん?」
「……っ! 狡いよ、なまえは……そんな音させて(どんな俺でも全部受け入れるって覚悟を決めたみたいな音だ……)」
「善逸さん、ごめんなさい。態と隠していたわけじゃなくて……心配させたくなくて。ちゃんと断って返すつもりでいます」
「分かってるよ。分かってたよ、最初から。なまえはそんな事で靡く子じゃないもの」

善逸さんは拘束を解いて、私を封じていた手で今度はその身を目一杯に掻き抱いた。

「けどさ、分かってはいても、やっぱり不安は拭えないんだよ……」
「善逸さん?」
「大事なんだ。誰よりも、何を差し置いたって、お前以上に大事なものなんてどこ探したって存在しないから……」
「! ……ふふっ」

大きな背中が丸まっているから、不思議といつもより小さく感じてしまって、私はその背中を、その身をぎゅうっと抱きしめた。

「ちょ、何で笑うの!? そこ笑う所なの!?」
「いえ、私も同じだなって思いました。大好きですよ、善逸さん」
「……もっと言って」
「好きです。大好きです」
「全然足りない。もっともっと聞きたい……なまえ、ずっと俺だけの大切な子でいて」
「はい。勿論です」

それは言うまでもなく、等しく私も同じであるが、きっとそれは声に乗せた心音で十分に伝わっている事だろう。


20200506


「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
×
- ナノ -