「ねえ、あの子でしょ? 鳴柱様の恋人って」
「そうそう。全然普通の子じゃない? 寧ろ地味? 全然釣り合ってないんだけど」

別にこの程度、今に始まった事じゃ無い。
師範と恋人になるにあたって覚悟はしていたし、少なからずこういった陰口を叩かれる事は想定していた。
師範は強いし、綺麗だし、優しいし……泣き言を漏らして少し頼りない所も垣間見えるが、それでも私には随分と勿体無い素敵な男性には変わりない。
だから、ちゃんと分かっている。私が師範と釣り合っていない事も、あの見目であるから一部の女性隊士から良く思われていない事も、ちゃんと分かっている。
それでも、やっぱり傷付いてしまう私は、軟弱で脆弱で惰弱なのだ。

「(もっと心を強く持たなきゃ)」

私は自分自身を鼓舞して、一歩踏み出す。少し、怖いけれど。
今も尚、私を噂する彼女達の横を過ぎなければ、鳴柱邸には戻れない。
目と鼻の先であるこの僅かな距離が、酷く遠く感じられてならない。
そんな時だった。私の腕を掴んで引き留める師範の姿が背後にあったのは。

「なまえ、こんな所で何してんの?」
「あ……し、師範……!」

「何でも……ありません」と、いつものように言ってみても、きっと師範には見抜かれてしまうのだろうけど。いや、師範の場合は聞き抜かれる?だろうか……。そんなのは造語で、存在しないけれども。

「コラ。俺の前では強がんないの。約束したろ? ……全部分かるんだからな。そんな苦しくて悲しそうな音させてる事くらい」
「狡いです。人権がありません。プライバシーの侵害です」
「ちょ、それ今言う!? 論点すり替えようったって駄目だから! 騙されないよ俺!」

話を逸らせなかった。遺憾だ。
いつから師範がそこに居たのかは知れないが、平凡な聴力を持つ私の耳に彼女達の話し声が届いていたのだ。師範にも絶対届いている。それを気にしている事もまた、私の発する音で、ばれている。
だから、余計に話を逸らしたかったし、このタイミングで師範と鉢合わせになりたくなかったのだ。
余計な心配を掛けたくなかった。恋人である前に、私は師範の継子。情け無い弱く惨めな姿なんて晒したくは無かった。

「余計な心配を掛けたく無いとか、情け無い姿を晒したく無いとか思ってたら怒るよ?」
「……っ!」
「図星でしょ?」
「狡いです。何でも音で分かってしまうなんて」
「違うよ。これは“恋人”として、なまえを分かりたかったの。違った?」
「……違わないです」

師範はポンポンと私の頭に手を乗せて微笑んだ。
師範と一緒にいる所を目にして、更にヒソヒソと声を潜めて何かを話す彼女達の声は、小さすぎて私には届かない。けれど、師範には届くのだ。並外れた聴力の前ではそんな小細工、何の意味もなさない。
それを聞いてかどうかは分からなかったけれど、師範は私を胸元へと抱き寄せた。
そして両手で耳を覆うように私の頬を包み込んだ。師範の声しか聞こえない。師範の、キラキラとした綺麗な金糸の髪から覗く柔和な瞳しか、見えない。

「なまえは、俺の声だけ聞いていればいいよ。俺の事だけ見てればいい――他は何も知らなくていいからね」
「し、しは……」

“師範”と呼びかけて、私は言葉を嚥下した。
「善逸さん」と、呼び直せば、彼は甚く満足そうな笑みを浮かべるから、チカチカと目が眩んでしまって、本当に善逸さん以外が私の世界から消え失せたような感覚になった。
まるで、彼女達に見せつけるかのように贈られた口付けが、私の心を満たしてくれる。

「なまえ、大好き」
「なっ!?」
「あ、キュンとしちゃった? 照れちゃって、ほんっと可愛いなぁ」

揶揄うように私を構う貴方は、悔しいけれど私の世界――その全てだ。


20200421


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