ああーもう……!何でこんな時に限って屋敷に居ないの。

「なまえー、どこだよぉ」なんて、自分に与えられた立場の威厳も、恥も外聞もなく情けない声を上げて屋敷中を彷徨って、探し回って、やっぱり姿が見えないから俺は再び草履を履いて屋敷を出る。
いくら鳴柱様だとか何だとか大それた呼称を賜ったって、俺は強くもなければ立派でも無い。毎回死にかけるし、怖いし、早く帰りたいって思ってる。
愛しい恋人の待つ屋敷に一刻も早く。

「痛い、無理、死ぬ……もうヤダ。なまえー、」

それなのに、いざ戻ればなまえは居ない。
いい子で待っててねって言ったのに。はい、分かりましたって返事したじゃん。何処行ったんだよ。
こんな時に限って耳を負傷してしまったから、いつもの様によく聞こえない。なまえの音が分からない。それが堪らなく不安だ。
少し歩いた所で、此方に向かって歩いて来る見知った姿に俺は堪らず駆け出す。

「なまえ……!」
「え? 師範?」

探したよ、何処に行ってたの、凄く会いたかったのに。そんな感情をごちゃ混ぜにして、酷く驚いた表情をするなまえの華奢な体躯を掻き抱いた。

「お帰りなさい師範。こんな所まで一体どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないよぉ! 帰ったらなまえが居ないんだもん! 待ってるって言ったじゃん」
「すみません。軟膏が切れていたのを思い出して蝶屋敷まで貰いに行っていました。でも、丁度良かったですね」

言って、なまえは切れた俺の頬を指先でなぞり、綺麗な笑みを浮かべた。
触れられた傷口がピリッと小さく痛んだけれど、そこから広がるじんわりとした温もりの方が優って、彼女の手を上から握った。

「早く戻って、手当てしましょう? 師範」
「……うん。でも、それよりも先になまえがいい。俺頑張ったよ? いっぱい褒めてよなまえ」
「そうですね! お疲れ様でした! 立派です師範! 偉いですよ! では、戻って手当をしましょう。雑菌の増殖を防ぐ為にも速やかに洗浄消毒をしなければいけません」
「……」

生真面目ななまえは、俺の言葉を聞いて、空いている方の手で俺の頭を良い子良い子と撫でた。
思ってたのと違う。コレジャナイ感。
俺の望んでた褒めるのはそういう礼儀礼節的なビシッとしたものじゃなくて、甘ーいなんていうか恋人同士のあれやこれや的なものであって。
トホホ……と肩を落として屋敷に戻り、門を潜る。しかしなまえがいつになっても入ってこない。

「なまえ? どうしたの? 早くおい、で……――っ!」

腕を引かれて身体が前のめりになって傾く。刹那、彼女の唇が自分のソレに短く触れた。
気恥ずかしそうに、上目で俺を見る。

「……師範、お帰りなさい。お疲れ様でした」
「! うん、ただいま。なまえの為に、今日も俺――帰って来たよ。だからさ、もっとご褒美頂戴」
「っ、はい。善逸さん」

玄関に入って、後ろ手に戸をしめながら、魅せられたように何度も何度も唇を重ねた。
嗚呼、俺の戻る場所はいつなんどきもここであるのだと確信ながら。


20200330


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