「なまえ……! 大丈夫か!?」

俺は息急き切って蝶屋敷へ辿り着くと、しのぶさんの部屋兼診療室へと駆け込んだ。
それは言うまでもなく、しのぶさんからの言伝を預かった鎹鴉が俺の元へと遣わされたからである。
『なまえサンガ、血鬼術二掛カッテシマイ、蝶屋敷ニテオ預カリシテイマス』と、鴉は鳴いたのだ。

しかし、しのぶさんは取り乱した様子も無く、寧ろいつも通りニコニコとしながら「あら、炭治郎くん。早かったですね」と言った。
そりゃあ急ぐし、取り乱しもする。あんな伝言を貰えば。大切な継子が血鬼術に掛かったのだから。
しかし、そこになまえの姿は無く、俺は辺りを見回してしのぶさんに問う。

「あの、しのぶさん……なまえは何処ですか?」
「はい。なまえさんなら、そちらに」
「え?」

そちらとは、何処だ?
しのぶさんの視線を辿って衝立を見ると、間も無くしてそこからひょっこりと顔を出す見知らぬ女性の姿があった。

「あー! 師範! 見てください、見てください!」
「え? なまえ……なのか?」
「はい! 如何にも師範の継子のなまえです! そうでは無くて、甘露寺さんみたいになっちゃいました!」

いや、違う。俺の継子は十五そこらの幼気な少女だ。こんな色気に満ち満ちた身体付きをした女性ではない。
嗚呼、なんと恐ろしい血鬼術。文字通り俺は頭を抱えた。
なまえと言えば、俺の気も知らずに「じゃーん!」と言って、その豊満な胸へ手を添えてゆっさゆっさと揺すり、見せびらかす。

「んなっ!?」
「おっぱいが大きくなりました!」
「み、見れば分かる! 分かるから、そんな風に胸を揺するんじゃない……!」

なまえは、甘露寺さんの様な胸元が大きく開いた隊服に身を包んでいる為、目のやり場に困る。
堪らず顔を逸らして叱責するが、しかし、彼女に俺の気持ちなど微塵も届いている様子は無く、いつもの様に胸元へと抱き付いてきた。必然的に柔らかな胸の膨らみは俺の胸板で押し潰れる。

「……っ、こら! いい加減にしないか!!」
「師範、耳まで真っ赤です」
「ふ、不可抗力だ! それに、その破廉恥な隊服はどうにかならないのか……!?」
「縫製の前田さんに、今はこれしか無いって言われました」
「(絶対嘘だな、あの人……)」

よくもやってくれてなと思う一方で、満更でもないと思ってしまう矛盾した二極の感情が俺に軋轢を及ぼす。
そんな俺の心情を見透かしてか、傍観していたしのぶさんが口を開いた。

「炭治郎くん、お楽しみの所申し訳無いのですが、心配には及びませんから。鬼も倒していますし、成長した事以外にはなまえさんに異常はありません。数日で戻ると思いますよ」
「(お、お楽しみって……)そうですか、すみません。お世話になりました! 直ぐに連れて帰りますので!」

俺はなまえの頭諸共、しのぶさんに深々とをお辞儀をして、彼女の部屋を出る。

「師範、師範! 待って下さい! 歩くのが早いです……!」
「――っ!」

言って、なまえは俺の腕を掴んで抱き抱える。まただ。俺の煩悩を刺激して止まない、柔らかく悪魔のような感触。

「……こら! いい加減に、」
「わざとです」
「な、」
「わざとですよ? 師範。……今の私、女性として見えてますか?」

嗚呼、全く――なんて子だ。人の気も知らないで。
俺は無言で彼女を見下ろして、そして不意に羽織を脱ぎ始める。

「あ、えっと……師範? そ、その、ごめんなさい。ふざけすぎまし、た――っ、!」

俺自身、どんな顔をしていたのか分からないが、なまえは無言の圧力に気圧され、たじろぐ。
けれど、そんなのは知ったことか。羽織で彼女の身体を包み込み、そして、羽織ごと強引に引き寄せると、そのまま口付けた。

「――っ、師は、ん……」

勿論、唇にでは無い。唇の直ぐ傍へ、口付けた。
呆気にとられている彼女は、状況を把握するのに時間が掛かっているらしく固まって動かない。

「次は、本当に此処へするからな。あまり煽らないでくれ」
「ご、ごめん……なさい」

ぐいっと親指の腹で小さな唇を撫でると、事の重大さに気付いた彼女は真っ赤になってぺたりとその場に座り込む。「分かればいい」と言って、なまえの頭を撫でてやると、羽織で彼女の身体を包み込んで、抱き上げる。
こんな格好、他の男に見せるのは癪に障る。
今はただ、よく耐えたと己の理性を褒め称えたいと思った。


20200428


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