「わあ! 鳴柱様……!」

「こんにちは」と声がして、バタバタと慌ただしく玄関へ向かうと、師範の同期であり、鳴柱の我妻さんの姿があった。

「なまえちゃん! 今日も元気いっぱいで可愛いねぇ。ところで、炭治郎は居る?」
「師範は今、胡蝶さんに用事で蝶屋敷です。直ぐ戻ると言っていたので、このまま待たれますか?」
「うん、じゃあそうさせてもらおうかな」
「はい! お茶入れてきますね!」
「ごめんね。ありがとう」

縁側に座って師範の帰りを待つ鳴柱様へお茶を出すと、ニッコリと優しげな笑顔で「ありがとう」と返してくれた。師範とはまた違う優しげな雰囲気と、何より美しい金糸の長髪が太陽の光に照らされてキラキラと輝いて目が離せなくなった。

「鳴柱様」
「うん? どうしたの?」
「師範が戻って来るまで稽古をつけて頂けませんか? 私も鳴柱様のような神速の居合を身に付けたいです!」
「なまえちゃんは熱心だねぇ。稽古つけてあげたいんだけどさ、ほら、俺がなまえちゃんと仲良くしてると炭治郎が拗ねちゃうからさぁ」

鳴柱様の予想外の返答に、私はキョトンとして双眸を瞬かせる。
よく意味が分からない。私が切磋琢磨する事にどうして師範が拗ねないといけないのだろうか?それに、今まで師範と多くの時間を過ごして来たけれど、そんな仕草見たことがない。

「俺は耳がいいからさ、聞こえちゃうんだよね」
「師範はどんな音がするんですか?」
「知りたい?」
「はい! それはもう!」

師範が戻って来たのは、鳴柱様にこっそりと耳打ちをしてもらった直後の事だった。
師範は鳴柱様と暫く言葉を交わし、見送った後に、私の待つ縁側へと戻って来てくれた。

「ごめん、待たせたな。稽古を始めようか」
「師範、ちょっといいですか?」
「どうしたん、だ……っ、」

私は何の前触れも無く師範の胸に飛び込む。ぎゅうっと抱きついて、彼の左胸に耳を当てた。
耳を澄ましてみる。鳴柱様から聞かされた話が気になって。

「ええっと……なまえ?」
「鳴柱様から聞いた音がしません」
「善逸から聞いた音?」
「はい! 師範は私が鳴柱様と仲良くしていると“ゴォッ”と、それはそれは大きく重い音がするそうです」
「んなっ!?(善逸、やってくれたな……)」

しかし、今はどうだろう?トクトクと心地のいい心音しかしない。
やはり師範の鼻のように、鳴柱様の耳も特別であるから、凡人の私には聞こえないのかもしれない。

「師範?」
「ん? あ、ああ。きっと善逸の勘違いじゃないか?」
「そうですかね?」

師範は抱きついた私の背にソッと手を添えて言う。「今、俺からはどんな音が聞こえる?」と。
目を閉じて、聴覚に意識を集中させてみると、先程と同じようにトクトクと心地いい心音が聞こえた。そして、とても優しくて温かい……そんな気がした。

「とても温かいです。落ち着く、優しい音です」
「そうだろう? どうしてだか、分かるか?」
「うーん、よく分かりません」
「はは、そうか。うん。今はまだ分からなくてもいいよ」

「けれど」と、言って師範は私の髪を愛おしそうに撫でて、赤みがかった瞳を柔和に細めた。
それは、私の堪らなく大好きな笑顔だった。

「俺のこの音はなまえにしか聞かせてやれない音だというのは覚えておいてほしい」
「特別というやつですね!」
「そうだよ。なまえだけ……特別だ」


20200325


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
×
- ナノ -