「任務、ご一緒出来て光栄です! 足を引っ張らないように頑張りますね! 緊張するなぁ……」
「……」
「そういえば、なまえさんも鱗滝さんの弟子なんですよね? 俺、義勇さん以外の兄弟弟子にお会いした事がなかったので、凄く嬉しいです!」
「……」
「懐かしいなぁ、鱗滝さんの修行。なまえさんもしましたか? 水と一体になる為に滝壺へ飛び込む修行。俺、鱗滝さんに思い切り後ろから叩き落とされちゃいましたよ!」
「……」
「前から聞こうと思ってたんですが、なまえさんは鯛焼きがお好きだったんですね! いつも義勇さんといるなまえさんから餡子と皮の香ばしくて甘い匂いがしてたので。美味しいですよね鯛焼き!」
「……」
「なまえさんは鯛焼き何処から食べる派ですか? 豪快に頭から噛る派ですか? それとも千切って尻尾から? この間、同期の仲間と鯛焼き食べたんですけど、伊之助が腹側から食べてるの見てびっくりしたんですよ。腹からっていうのは予想外だなって」
「……」

ぺらぺらぺらぺら。なまえさん、なまえさん。
嗚呼、本当にこの弟弟子ときたら、いい加減頭が痛くなってきた。

以前、義勇さんから竈門くんはよく喋ると聞いていたが、これは“よく喋る”の域を超えている。長広舌も甚だしい。

因みに私は竈門くんが話し続けている間、一度も口を開いていない。それなのに冒頭から怒涛の質問責め。
“言葉のキャッチボール”という言葉を知っているのだろうか、この子は。
さっきから言葉のボールなるものを一方的にぶつけられているだけだ。こんなもの、私にとってただの死球でしかない。
そもそも、私も私でそのボールをキャッチする気が更々無いので、どっち道私達の間に”言葉のキャッチボール“なんてものは成立しないのだった。
寧ろキャッチボールという概念が無い。言わば打者と投手の様な私達。

脳内会議において私達は打者と投手という関係性で落ち着いたわけだが、彼が結局何の話をしていたのか忘れてしまった。
何せ情報量が多過ぎる。捌ききれない。
尚も竈門くんは間断なく話し続けているので、聞いている振りだけしていればいいかな……などと失礼千万な結論に至った。
仕方がない。あれだけ話されて最終的に竈門くんの同期が鯛焼きを腹から食べる派だと言う事しか覚えていないのだもの、私。
みょうじです!という私の主張すら、秒で破棄されている現状だ。
いくら私が名前呼びを拒んでも、きっと竈門くんは私を“なまえさん”と呼び続けるに違いないし、そんな未来しか見えない。
その都度拒否し続けても最早ただの徒労。無駄。
もう好きにしてください。

太陽が傾いて、辺りが薄暗がりに包まれる中、私は竈門くんの話をただひたすら聞き流しながら、真っ直ぐ前だけを見つめて目的地を目指していた。

すると、不意に横を歩いていた竈門くんが歩みを止める。
振り向くと、彼は少し寂しそうに笑っていて、そんな顔をされたら嫌でも会話をしなくてはならないんじゃないかという謎の使命感が湧いてくるので不思議なものだ。
流石にちょっと無視をし過ぎたかもしれない。

「……すみません。嬉しくて、つい喋りすぎてしまって」
「別に。どうして謝るの?」
「なんだか、なまえさんから呆れと諦めの匂いがしたので」
「……匂い?」

竈門くんの発言に、つい反応を示してしまった。
姉弟弟子云々、鯛焼き云々は正直どうだっていい話題であったけれど、流石に今の発言は反応せざるを得ない。一体何なんだ“呆れと諦めの匂い”って。
そんな匂い、少なくとも私は知らない。
そもそも喜怒哀楽とは人の持つ“感情”であって“匂い”じゃない。
本来、嗅覚は感情を感じとる器官ではないはずだ。

その反応が嬉しかったのか、竈門くんは瞳を輝かせ、此方に身を乗り出しながらその詳細を話してくれる。

「俺、生まれつき人より鼻が利くんです。普通の嗅覚に加えて喜怒哀楽や虚実なんかも嗅ぎ分けられるんですよ。鬼殺隊に入る前、炭焼きをしてた頃は割れた壺の匂いを嗅いで犯人探しなんかもしてたなぁ」
「へぇ。便利ね……」
「だから、なまえさんが俺を快く思っていない事も知っています。特に俺が義勇さんと話してる時や、なまえさんと義勇さんが二人でいらっしゃる時に話し掛けたら匂いが濃くなりますから」
「そーですか」

分かっていて何故話し掛けてくるのかという疑問を、投げ掛けるべきなのだろうか?
彼と、言葉のキャッチボールに興じなければいけない?

そんな事は彼を見ていれば愚問だろう。愚問で、徒労だ。
私の気持ちを分かっていて尚、怖めず臆せず話し掛けてくるのだから。
竈門くんは、その持ち前の嗅覚で私が自分を快く思っていない事を知っていた。ならば同時に私が義勇さんに好意を寄せている事も既知というわけだ。
感情が分かっていてもめげずに話し掛ける弟弟子と、それを微塵も隠そうとせずふんぞり返る姉弟子。
この弟弟子にこの姉弟子あり。

「でも俺、なまえさんと話してみたかったんです」
「こんなにも一方的に嫌われていて?」
「だからですよ。俺、なまえさんを知りたいです。嫌うのは貴女って人をよく知ってからでも遅くないです。せっかく姉弟弟子なんですから」

キラキラと輝く竈門くんの曇りなき眼は、邪な感情しか抱いていない私には目が眩む。直視出来ない。清廉で純粋で無垢。
太陽の光に焼き切れて灰塵に帰してしまいそうだ。
歩み寄る努力もせず、一方的に嫌う私とは人としての器が違いすぎたらしい。

間接的なダメージを受けながらも、私達は目的地付近に辿り着いた。

「この辺り、ですかね?」
「うん。集めた情報だと、この山を越えようとして足を踏み入れた人達が相次いで消息を絶っているって話。もう少し行った所にお堂もあるし……その辺りが怪しいかな」
「下調べに情報収集まで……。なまえさん、流石ですね!」
「基本でしょ? それに、誰かさんと合流するまでたっぷり時間があったからー」
「う……遅くなってすみません! 戦いで挽回します!」

気合い十分とばかりに息巻いてくれるのはいいが、くれぐれも足の引っ張り合いにはならないよう努めたい。
同門ではあるが、なにせ相反する私達である。同じ呼吸の使い手だからと言って、嫌っている相手と上手く連携が取れるかはまた別の話だ。人間性の問題。

「いいよ、私が終わらせる」
「いえ! 俺がやります! これ以上なまえさんの手を煩わせるわけにはいきませんので!」
「……いや、大丈夫だから」
「大丈夫です! 俺、長男なので!」
「だから何!? 私も長女だよ!」
「え!? なまえさん長女なんですか! わあ、奇遇ですね」
「本当にね!」

一体何の言い合いをしているのか訳が分からなくなる。
とにかく、竈門くんと私が長男長女であり、お互い意固地な一面がある事は良く分かったが、日が暮れて闇夜に包まれた今は鬼の領分となる。
それこそ果てしなくどうでもいい、どちらがけりをつけるか論争なぞ大声で繰り広げているものだから、いつの間にやら鬼の気配が辺りを占領していた。
探索する手間が省けたという事に関しては良しとしようか。
竈門くんは刀に手を掛けて、くんと鼻を鳴らした。

「……なまえさん、左奥の茂みです」
「分かってる。本当に便利だね、その鼻」

その嗅覚は探知能力も兼ね備えているらしい。
その直後、茂みから鬼が姿を表す。

「ごちゃごちゃ五月蝿え人間だな。どっちが先かなんて心配しなくても二人仲良く食ってやるよ!」
「お前だな! ここら一帯で人を襲ってたのは!」
「だったら何だ。少なくとも食ってくれと言わんばかりに騒いでたのはお前らが初めてだけどな!」

言いながら、早くも此方に襲いかかって来る鬼と間合いを取りながら、呼吸を整える。
水の呼吸 肆ノ型――

「打ち潮!」
「水車!」

技を出すタイミングが見事に被った。
技の名前を出した途端にバチッと互いの視線が交わる。
『何で今その技を出すの!?』双方がそう訴えた――そんな目配せだったように思う。
目配せなんてものは息の合った者同士でこそ本領を発揮できる手段である事を痛感する。
少なくともどちらが退治するか揉めていた者同士で上手くいく訳がないのだ。

技同士が衝突しそうになる寸での所で態勢を変えて攻撃をいなす。

「うわああ! すみませんっ!」
「いいから、今は集中! 反省会は後で!」
「は、はい!」

技の衝突を避けた為に態勢を崩したのがよくなかった。
着地後僅かに生じた隙を、鬼は見逃してくれない。しまったと思った時には既に鞭の様にしなりながら伸びてくる腕に反応が遅れてしまう。
被害を最小限に抑える思考に切り替えなければ。咄嗟に受け身を取ろうとした刹那、鬼の腕が私に届く手前で竈門くんによって切り落とされた。

「――っ!」
「大丈夫ですか!?」
「……ありがとう。助かった」
「いえ!」

何だが少し嬉しそうで、まだ戦闘中にも関わらずニコリと笑う余裕を見せる竈門くんだった。
その様に少々苛ついてしまいながらも、しかし、成る程。義勇さんが竈門くんは見どころがあると話していたのを思い出す。

腕が伸びた事を考慮して、私達は鬼から距離を取る事を余儀なくされた。
だが、水の呼吸は受け身の技であるが故に様々な状況に対応出来る万能の型。
竈門くんの羽織をぐっと引っ張り、此方に引き寄せる。急に互いの顔が近付いて、少々戸惑っている竈門くんなんて気にも止めず小声で話す。

「あ、あの……なまえさん?」
「いい? 竈門くんは首を切る事に専念して。伸びてくる腕は私が全て切り落とす。援護するから」
「――! はい。わかりました!」

頷くのを視認して刀を構え直すと再び呼吸に集中し、矢庭に飛び出した竈門くんと共に私も飛び出す。

「水の呼吸 拾ノ型――生生流転!」

予想通り一足先に飛び出した竈門くん目掛けて次々と腕が分裂して伸びてくる。
私は間髪入れずに次々とそれを斬り落としていく。
竈門くんには指一本触れさせない。
こんな時、とことん小柄な体躯が役に立つ。攻撃をかわしては切り落としを繰り返し、どんどん鬼との距離を詰めていく。

「ちょこまかと小賢しい!」

苛立ちと焦りから生じた綻びを見逃さない。僅かな隙は死に直結する。
すかさず私は竈門くんの名前を叫ぶが、その必要は無かったらしい。既に首を断つ態勢に入っていたからだ。
しかし――竈門くんの放つ一閃が先か、何かを仕掛けようと鬼の頬が膨らんだのを私は視界に捉えた。
何か技が来る。まさか――血鬼術?

「水面斬り!」

竈門くんの放った斬撃が鬼の首をはねたその刹那。
ほぼ同時に最後の足掻きとばかりに鬼の口から放たれた血鬼術が此方に襲い来る。

「炭治郎!!」
「っ、なまえさん!?」

咄嗟に動いた身体は己が身を守る為の回避――ではなく、前方にいた竈門くんの羽織をむんずと掴むなり渾身の力で後方へ投げ飛ばす事だった。

嗚呼、しくじった。血鬼術をまともにくらってしまった。

何が嬉しくて、私は竈門くんを庇ってこんな目に。
こんなどうしようもない私でも、年上としての甲斐性みたいな物を一応は持ち合わせていたらしい。そんなの、これっぽっちも嬉しくなんてないけれど。

酷い目眩に襲われ、吐き気を催し、手足の先が痺れる様な感覚。
それはまるで神経毒の様な作用で、直に平衡感覚をも失ってしまう。
自立困難で咄嗟に日輪刀を地面に突き立てて身を支えようとするが、呆気なくそのまま頽れてしまった。

「なまえさん! しっかりしてください……! どうして俺の事を庇って……」
「……っ、は、」

どうしてなんて私が知りたい。
すかさず反論してやりたいが、それも出来なくなってきた。
「なまえさん! なまえさん!」と、何度も私を呼ぶ声がする。

五月蝿い、喚かないで。頭に響く。

狭窄し始めた視界と、私を呼ぶ竈門くんの声がどんどん遠退いて、それはいつしか耳鳴りに変わる。
呼吸で毒の巡りを遅らせようなんて最後の悪足掻きすら、全身の痺れで許されない。
私の意識は、そこでプツリと途切れた。

最悪だ。最後に目にしたのが大嫌いな弟弟子の顔だったなんて、私はどうやら相当日頃の行いが悪いらしい。
情けない。未熟だと、義勇さんに叱られるだろうか。

義勇さん、義勇さん……こんな事になるなら、義勇さんに自分の気持ち、ちゃんと伝えるんだったなぁ。

せめて、遺言が大嫌いな弟弟子の名前で無いことを祈るばかりであるけれど。


20200126




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