「大変、お世話になりました」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。ご武運を」
「ありがとう御座いました。では、行って参ります」

三日ほどの休息を挟んで、私はまた次の任務へと向かう。
任務、休息、そしてまた任務――永遠この繰り返しだ。
屋敷を与えられているのは柱の方々だけであるから、私達平隊士風情は任務と任務の間の休息というのは基本、日本各地に点在している藤の家紋の家にお世話になる。
もっとも、集中治療が必要な程の大怪我や、血鬼術のような特例を除けばの話であるが。
つまり、こんな風に、今の私のように藤の家紋の家から出立するのが息災である証のようなものだった。
それから、また特例として休息以外にも藤の家紋の家にお世話になる場合もあるらしい。
が、その仔細は経験の無い私が語れるものでもないが……そうそう、実例で言えば、こんな具合だ。

「お! 此処だな」

声のする方へ顔を向けると、何やらゾロゾロと数人の隊士が此方へ向かって来る。
まじまじと見れば、その中でも一際上背があり体格の良い人物に目が行く。その派手な額当てといい、間違いない。音柱の宇髄天元様だった。
その取り巻き(の、ように見えてしまう)の三人に目を凝らすと。そこにはよく知る姿が見受けられる。
竈門くんと、その同期二人。竈門くんと一緒に居るところをよく見かける彼等とは、猪の頭皮を被った型破り気質の彼と、金髪の騒がしい彼。
近付くに連れて私の姿に気が付いた宇髄さんは、丁度良かったと言って来い来いと手招く。

「なまえじゃねぇか! お前良いところにいたな」
「こんにちは、宇髄さん」
「なまえさーん!」

宇髄さんが私に気が付くという事は、当然竈門くんも私に気が付くという事で。
竈門くんは宇髄さんを追い越し、人懐こい笑顔を浮かべて此方へと駆け寄って来る。

「会いたかったです。なまえさんっ」
「う゛……」

思わずたじろぐ。
いつ見ても相変わらず眩しいその笑顔は、自分の気持ちに気付いてしまった私にとって威力が何倍にも膨れ上がっているわけで、笑顔と言う名の凶器でしか無い。
直視出来ず、赤く染まった頬を隠すように顔を背けるが、そのお得意の嗅覚で私の気持ちを悟ったらしい竈門くんは一層嬉しそうに笑う。
そんな風に心を読むのは本当にやめて欲しい。

「何だお前ら、そういう仲なのか?」
「チ、チガイマス! デス!!」
「おいおい何だそりゃあ。冨岡以外の前じゃ鉄仮面のお前が派手に動揺してんのか! おもしれぇ」

これは思わぬ物を見た。愉快だと言わんばかりに口角を吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべる宇髄さんは、大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫で付ける。
お陰で結んだ髪が台無しになってしまった。どうしてくれようか。

「そんな怖い顔すんなよ、竈門。別になまえを取って食いやしねぇからよ」

「どいつもこいつも揶揄いがいがあって飽きねぇな」なんて笑いながら、宇髄さんは散々私の髪を弄んだ手を頭から退かした。
ド派手に爆発した私の頭がそこにはあった。

「あの、宇髄さん。それよりも“良いところにいた”と言うのは?」
「ああ、そうだったな。なまえ、お前も任務に付き合え!」
「無理です。私これから別件で任務が入っていますので」

何となく、そんな事を言われるような気がしていた。
宇髄さんと出会すと、いつもこんな風に巻き込まれ、任務へと駆り出される。
特に彼の口から“良いところ”という言葉が出た場合、大体それはろくな事じゃない。

「そうなのか? んじゃ、しょうがねぇか」
「今回は随分と大所帯ですね。どんな任務なんですか? 参加は出来ませんけど」
「まあな。ちょいと潜入任務ってとこだ。これから此処でこいつら仕込むんだよ」

仕込むだなんて、またろくな事にならないなと思いつつ、先程任務が入った事に心底感謝した私だった。

「だがまあ、少し手伝って行けよ」
「はい?」

訳のわからないまま首を傾げる私に、宇髄さんは何か企んでいるような笑みを浮かべ、竈門くんを私の前に押しやる。

「三人ってのは時間が掛かるからな。竈門の仕込みはお前に任せた」
「え!? 私これから任務だって言いましたよね……?」
「それくらいの時間はあるだろ? 部屋は取ってある。まあ、よろしく頼むわ」
「宇髄さん…!」

だから何故、ニヤけながら竈門くんと私を交互に見るのか。
宇髄さんは完全に勘付いていた。私と竈門くんの、実に際どい関係性というものを。
それに、 宇髄さんは音柱。柱の言う事に平隊士の私が意見し、断る権利などあるわけがなかった。
即ち、この言い付けを呑む以外の選択肢は存在しないのだ。

「はあー!? 何で炭治郎だけ綺麗なお姉さんに仕込んでもらうんだよ! ズルくない!? しかも仕込みって何!? 俺ら何されんの!?」
「おら、喚いてないで俺らもさっさと準備に取り掛かるぞ」

気を利かせて……と言うよりは、ただ単に楽しんでいるだけなのだろうなと思いつつ、仕方がないので私と竈門くんも宇髄さん達に続いて藤の家紋の家に入った。
私に関して言えば、出戻った。

* * *

通された四畳半程の小さな部屋には、私と竈門くんの二人きり。
竈門くんと同期の二人も同じ事をするのだから、別に私達だけ別室じゃなくてもいいのでは?と疑問を覚えた。
しかし、この後任務を抱えている私にのんびりとしている時間は無い。
さっさと済ませて任務に向かいたかった為、用意された化粧道具を広げてさっそく作業に取り掛かる。

聞けば彼等の任務は遊廓への潜入調査だそうだ。
それを聞いて、尚更一足早く任務が入っていた事に感謝した。
絶対に嫌だ。小綺麗に着飾って遊女屋へ潜入するだなんて。
女の私ですら嫌だと感じるのに、それを男の子である三人が女装させられた挙句、売り飛ばされて、各々潜入する事になるのだ。
いくら任務と言えど気の毒に思う。同情してしまった。
憐憫の眼差しを眼前に座る竈門くんに向けつつ、白粉を手に取る。

「なまえさん、宜しくお願いします!」
「はいはい(取り敢えず額の傷痕は隠さなきゃだよね……隠れるかな、これ)」

それにしても、宇髄さんも無茶な事を言う。
十五歳の男子を女装させるから、それ相応に見えるように化かせだなんて。
私は別にその道のプロでも何でも無い。しかも、自分自身あまり化粧っ気が無いというのに、どうして宇髄さんはそんな私が竈門くんをそれらしく仕上げる事が出来ると思ったのだろうか?

目を閉じて、大人しく顔を差し出す竈門くんに化粧を施していく。
こうして改めて見ると、竈門くんは中々に端正な顔立ちをしていると思う。
義勇さんを文句なしの美丈夫だとするなら、竈門くんは精悍といった感じだろうか。

「なまえさん、聞いても良いですか?」
「何を?」
「さっき宇髄さんが仰ってた、義勇さんの前以外は鉄仮面だっていうのが気になっていたんですけど……」
「ぶは! ゴホッゴホッ……!!」

思わず噎せた。
まったく……宇髄さんは、知られたくない事を無闇に口外してくれちゃって。

「大丈夫ですか?」と心配してくれる竈門くんを制し、中断してしまった化粧を再開する。

「俺、なまえさんはどちらかと言うと、すぐ感情が顔に出てしまうタイプだなって思っていたのでピンと来なくて」
「……まあ、私、出会ったばっかりの頃は竈門くんの事が大嫌いだったから。露骨に感情が顔に出ていたのかもね」

「君限定かも」と意地悪く言って苦笑する。
思い返せば義勇さん争奪戦のような、何とも言えない不思議な相関図が出来上がっていたように思う。今となっては懐かしいが。
あれから色々な事があった。まさか今、こうして毛嫌いしていた竈門くんに事あるごとに気持ちを掻き乱される羽目になるだなんて、誰が想像しただろう?

「じゃあ、今は?」
「え?」
「今も、なまえさんは俺の事が嫌いですか?」

その問いは卑怯だ。
閉じていた目を静かに開いて、私を見つめる。
竈門くんの瞳に真っ直ぐ射抜かれるのは、どうにも苦手だった。
別に身体の一部を拘束されているわけではないのに、不思議とそんな気分にさせられる。
純粋で、真っ直ぐ過ぎて、嘘がつけなくなる。

「教えて下さい。なまえさんの気持ち」
「……。それに関してはまた今度、ね!」
「うぶ!」

筆でパタパタと粉を肌の上に乗せながら、言葉を濁した。
少しあからさま過ぎただろうか?竈門くんは、はぐらかされて少し不満げな表情をしていた。

『自分の気持ちに素直になる事ですよ』
不意に先日告げられた胡蝶さんの言葉を思い出した。
そもそも、最近の私を見ていれば先程の問いの答など分かりきっているだろう。
それに加えて、便利な嗅覚も持ち合わせているのだから、存分に使って私の気持ちを確かめるといい。
別に私自身から聞き出さなくても、その方が手っ取り早いではないか。

「なまえさん、今がいいです」
「はいはい。後は紅を差すだけだからいい子にしてよ、炭子ちゃん」
「今がいいんです!」
「もう! 喋らないでって言ってるでしょ!?」
「俺は竈門炭治郎です! 炭子じゃありません!!」
「今はそんなのどっちでもいいわ!!」

どうしても紅を差したい私と、どうしても私の気持ちを聞き出したい竈門くん。
どちらも折れず、どうしようもなく頑固な一面は長男長女共通なのだろうか?いや、ただ意地っ張りなだけか。意固地なだけか、お互いに。
組んず解れつの末、主導権を奪取した私は竈門くんの頬をグニっと掴んで、力技で紅を引く。
化粧はいつから格闘技に数えられるようになったのだろう?
ほら見ろ、こんな事をしているから紅がはみ出すし、濃くなり過ぎてしまった。

「あ、ちょっとはみ出した。んー、色も濃くなり過ぎたかな? ちょっと待って……」
「……っ、」

何の気なしに私は指先ではみ出した紅を拭う。
その時、微かにの唇を掠めてしまったらしく、ピクリと竈門くんの肩が小さく跳ねた。
この何気ない行為が後々あんな事態を引き起こす事になるなんて思いもしないし、ましてや竈門くんの理性を踏み抜いていた事などもっと気付かない。
思春期とは実に恐ろしい。

はみ出した部分は何とか指先で拭えたが、濃さは……どうする事も出来ず、何か拭くものを探す。
キョロキョロと辺りを見渡して、立ち上がろうとした途端、それを妨げるように向かいから竈門くんの手が伸びる。
畳に突いていた手の上に竈門くんのそれが重なって、逃すものかと握り締められた。

其れこそ一瞬の出来事で、抵抗する間も与えられず、もう片方の手が頬へ沿うように差し込まれる。
カラン……と、竈門くんの耳飾りが揺れた音がしたかと思うと、鼻先が触れた。

――息を呑む。
瞬き一つする僅かな間で、私の瞳に映しだされた竈門くんの表情と言ったらない。
彼のように優れた嗅覚が無くても有り有りと分かってしまう。
長男だとか自制心だとか、そんな彼を抑え付けるものを全て手放し、ただ貪欲に私を求める男の顔だった。

嗚呼、そんな知らない顔をした彼を、どうして拒む事が出来ようか――。

「なまえさんの唇で――」
「(……本当、なんて狡い子だろう)」

その刹那、竈門くんは囁くように言葉を零し、赤く色付いた唇が私のそれに押し当てられる。
色を移し、熱を分ける。

「……っ、ん」

暫しの間重なった唇がそっと離れると、竈門くんの唇から移された紅で私の唇が赤く色付いていた。
色が移った私の唇を見て、竈門くんは満足気に表情を緩め、指の腹でソッとなぞる。

「なまえさん、そんな顔をされると……期待してしまいます」
「……そうさせてるのは竈門くんのせいなんだけど」
「はは、そうですね。この任務から戻ったら、逃げないでなまえさんの本当の気持ち、教えてください」

「それから」と、続けて竈門くんは言う。
少し頬を染めて、私を見つめる彼の瞳はとても柔らかく優しげなものだった。

「その時は、改めてちゃんと口付けをさせてください」

何だそれ。予約?予約なの?
結局分かっているじゃないか。私の気持ちなんて、とうに。

「……ちょ、調子に乗らないでよ!」
「俺をそうさせてるのも、なまえさんのせいですよ?」

優しげな笑みを浮かべながら、竈門くんはゆっくりと私の手を取り、自分の頬へ添わせた。
いつからこんなにも、男の顔をするようになったのだろうか……この弟弟子は。
そして、この気持ちを認めざるを得ない。認める他ない。
今だって悔しいくらいに私は、彼の言動一つ一つに惹かれているのだから。

これは後々聞いた話だけれど、私の手によって折角そこそこな美人に仕上がった竈門くんであったのに、派手さが足らないだとか何とかで宇髄さんの手直しが入ってしまったらしい。
その後に炭子、善子、猪子が爆誕したそうな。


20200205




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
×
- ナノ -