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「〜〜っ、何故東門に着かんのだぁあああ!」

例によって例の如く今日も絳攸は迷っていた。仕事を終え帰ると部屋を出た時は輝いていた太陽はいつの間にか紅くなり、山の向こうへ隠れようとしている。


「いつの間に、外壁を作り直したんだ!俺の知らない間に…!」


以前の記憶をたどって歩いたはずなのに、と絳攸は見知らぬ壁職人に責任をなすりつける。
もちろん壁も門も以前と変わらない。しかし迷子など認めたくもなく、すでに右も左も分からぬ状態だったが、妙な確信に満ちてどんどんと先へ進む。
普段ならば、そろそろだ。ふ、と絳攸の足が止まった。


「……居ないのか…?」


宮廷の寂れた奥地、誰も来るはずもないような場所で絳攸はキョロキョロと辺りを見渡した。普段ならそろそろ聞こえるはずのあの声。


「…っ俺は何を…!」


やれやれ、なんて言いながら蕩けるような笑みを浮かべ自分を導いてくれるアイツ。無意識に待ち望んだことに絳攸の頬が朱に染まった。


「アホか俺は!」


当然のように楸瑛のことを考えた自分を叱咤して再びズンズンと先へ進む。そして再び、絳攸の足が止まった。


「この茂み…見覚えがある…気がす、いやある!」


自分を励ますようにうんうんと二三度頷き、辺りに人が居ないのを確認した後ガサガサと茂みへ頭を突っ込んだ。
ここを通り抜ければ知っている場所だ!などと再度根拠のない確信を胸に存外生い茂っていたそこを掻き分けて進んだ。


「ん?」


ガサガサと耳元で擦れ合う葉の音に混じって何やら人の声がする。
よしっ!と喜びたいのを我慢してそちらへ向かったが、茂みから出る前に絳攸はピタリと止まった。
茂みから人が飛び出て来たら怪しくないか?しかも鉄壁の理性と呼ばれる絳攸が、有り得ない。絶対有り得ない。あと数歩のところに人がいるのに、絳攸はどうするべきかと頭を抱えた。


「絳攸?」

「?」


茂みの向こうからいきなり名を呼ばれたと思ったら、腕を捕まれ茂みから出される。目の前に現れた楸瑛に絳攸は驚き固まるが、楸瑛も同様に驚いたらしい


「ど、どうしたんだい絳攸?そんな所で」

「しゅ、楸瑛!?何故貴様がここにいる!?」

「それはこっちの台詞だよ!ああ、顔に傷なんて作って…」


茂みを掻き分けている内に引っ掛けたのだろう頬の傷を痛ましそうに楸瑛の指がなぞる。


「べ、別に対したことはない!そんなことより貴様はここで何をしているんだ」


慌て楸瑛から距離を取り、見上げる。


「っ!?」


そして楸瑛を見て、固まった。


「まったく、君を探していたに決まってるじゃないか」


そう言って蕩けるように笑う楸瑛は、無意識に期待した楸瑛そのままで、「あ、あほか!俺がお前を見付けたんだろうが…!」と、慌て怒鳴る絳攸。


「ははっ、確かに…今回は君に見付けられてしまった訳か…」


絳攸がここまで来たのだから間違っていないはずだ。自分を納得させるように「そうだ」と言えば、楸瑛は何故か嬉しそうに笑った。


「君が迷子なら私が連れ戻すけど、もし私が迷ったら君が見付けに来てくれるかい?」


「…お前を探す暇があったらさっさと先へ進む!…けど…まあ…気が向いたら…探してやらんこともだな……」


ごにょごにょと語尾を弱める絳攸の姿に、緩みきった顔を向ける楸瑛に気付いてはいたけど、こんな真っ赤な顔で振り向ける訳もなかった。


【終わり】






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