恋に落ちる音



※遊郭パロ
学生⇒燕青
男娼⇒静蘭





浪燕青はいたって真面目な生徒だった。
品行方正、成績優秀とはいえなくとも、他の学生たちのように遊び歩いたりなどは決してしなかった。
否、出来なかった。簡単な話、金がなかったのだ。
毎日有り余った体力を生かして、金持ちの力仕事全般に勤しみ、学業のための資金にしていた。
だから燕青はこんな場所は一生縁のないものだと信じて疑わなかった。





夕方になって仕事に行くと、何故か家のご主人に呼ばれた。
何かやらかしただろうかとビクビクしながら行くと、主人はいつの間にやら燕青を気に入っていたらしく、夜遊びに付き合えと言ってきたのだ。



「いや、でも、ただのアルバイトですしー…」

「わしが良いと言っている。お前は黙って来れば良いのだ」



子供のいない主人は奥さんとは不仲で、夜は遊びまわっていることは知っていたがまさか自分が指名されるとは思いもよらなかった。
一緒に行くだけなら、と渋々付き合った燕青は、店の入り口で深く後悔した。


(そりゃあ奥さんと不仲になるわけだ…)


その店は有名な陰間茶屋だったのだ。
やたら綺麗な男に案内され、恐らく一番いい部屋へ通された。
そこからは遊郭にすら行ったことのない燕青にはめまぐるしい世界だった。
美しく着飾った少年たちが酌をし、舞いを披露し、楽器を奏でる。



「どうじゃ燕青、素晴らしいものだろう?」

「すごいですねー…」



ぽかんと魅了される燕青に気を良くした主人は、太夫を呼んで来るように言う。


(太夫、って…一番人気な人、だよな…)


太夫の称号を得るほどの男なら、ものすごい綺麗なんだろうなあとちょびっと期待する。
だが燕青の性癖はいたってヘテロであって、美しい陰間に囲まれていても大して何も感じていなかった。
どちらかと言うと好奇心の方が強かったのだ。この時までは。



「セイ太夫と申します」



すうっと襖を開けて入り、完璧な所作で指を突く。
あまりに洗練された動きに燕青は瞬きすら忘れて見入っていた。



「どうぞご贔屓に」



その言葉とともに顔を上げたセイと一瞬視線が絡み合う。
素直に綺麗だと思った。
気の強そうな瞳に薄い紫の髪、優美な着物に包まれた四肢は男とは思えないほどに艶めいた雰囲気を出していた。



「お酌を」

「え、あ、ああ…ありがとな…」



酒を注ぐ動作すら一葉に残しておきたいほどに美しかった。
舞いを舞わせれば誰よりも見事であったし、楽器は一通り完璧に演奏してのけた。



「そりゃあ太夫って呼ばれる訳だ…」

「ん?燕青、セイが気に入ったのか?」

「え、いえ。そう言う訳では…」

「隠す必要はない。どうせわしも一晩泊まるんじゃ、お前のためにセイを一晩買ってやろう」



主人の言葉に燕青はぎょっとした。
太夫を一晩買うのに一体いくらいると思っているんだ。
燕青とて詳しくは知らないが、絶対に燕青がもらう日給の何日分にもなるはずだ。



「いえ、そんな!俺はこれだけで十分です!」

「そう言うな。わしの気まぐれと思って付き合え」



そこから何度か言い合って、結局燕青はセイ太夫と一晩を明かすことになった。
さあ行けとさっさと個室に突っ込まれた燕青は、深くため息をついた。
絶対無縁だと思っていたのに。普通に暮らしていたのにと愚痴っても仕方ない。



「燕青様、とおっしゃるんですか?」



項垂れる燕青に艶やかな声がかかる。
自己紹介をしながら振り返ると、薄明かりの中でも輝いて見えるほどの美人が艶やかに座っていた。



「浪燕青って言うんだ。普段はこんなとこには絶対無縁のただの学生だけどな、今日はなんか…働き先のご主人に気に入られちゃってさー…」



聞かれてもいないことをごちゃごちゃと話すのは、変に盛り上がりそうなムードを払拭したいからだった。
暗い密室に美人と2人。例え相手が男だろうと、燕青の年齢からすれば少しばかりきつい状態だった。
相手は太夫―男娼―なのだからそういうことをするのが当然なのも分かってはいたが、燕青はどうしてもやりたくなかった。



「今日はもう寝ようぜ」

「は?」


だからつい口をついて出た言葉に、セイはそれまでの澄ました顔を微かに曇らせた。



「本気で言ってるんですか?」

「主人には悪いかなあと思うけど、それ以上にお前に失礼な気がするし」

「私に…?」



言葉の外に抱かない方が失礼だとにじませる。
それに気付かないふりをして、燕青は頷いた。



「お前ってより、心に失礼かなあって…。それに…」



燕青にとって性交は愛の育みという認識であった。
決して春を売る職業をどうこう思っているわけではなく、ただ自分の中で性交は愛と一セット。
その考えは変わらないのに、誘われればセイを抱いてしまいそうな自分が怖い。



「変な奴…」



てっきり自尊心を傷つけられたと怒るかと思ったセイの呟きに燕青ははっと顔を上げた。
それまでの凛と張り詰めたような美貌が、少し困惑し、ガードを崩したような危うさがあった。

(か、可愛い…)

ドクリと心臓が脈打ち、かあっと頬に熱が集まった。



「どうかしたか?」

「え、いや…つかその話し方…」



先ほどまでの敬語がなぜかなくなり、まるで親しい者のような錯覚に陥りそうだ。
燕青が指摘するとセイは壁にもたれてふっと口元を緩ました。



「寝ない上に金がないお前に媚を売っても無駄そうだからな」

「媚って…いや、まあ金はねえけどさ…」

「この部屋で寝る以外にすることはない」



きっぱりと言い切るセイに燕青はぽりぽりと頬をかき苦笑いを浮かべた。
高慢な口調がどこまでも似合うと思う。



「じゃあ俺が勝手に話しとくから、ちょっと聞いててくれよ」

「お前の話をか?」

「セイの話、聞かせてくれるんなら喜んで聞くけど?」

「私の話か…昼夜この店にいれば下世話な話しか話題はない。お前の話を聞いてやる」



高飛車な態度ながらも、セイが『外』の話題に興味を持っているのは明らかだった。
出来るだけ楽しく、燕青は学生生活や賃仕事について話した。
セイを楽しませたいという気持ちが強い。
この気持ちはなんだろうなと、認めるのが恐ろしかった。



「燕青?」



名を呼ばれるだけで、こんなにも――。




恋に落ちる音
叶わない恋だと知っていても



END


静蘭太夫だと字余りぽかった
遊郭パロ序章、って感じの内容ですみません
あと用語とか間違ってたら教えてください;

>香咲麗さんがくださった設定を丸パクリしてます。
麗さんありがとうございます!




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