二人ならどこだって



キリリク
<背中を合わせて戦う二人>
※軍パロ




殺伐とした空気だった。生きるか死ぬかの戦い。明日どころか、数分後自分が生きているかすら分からないような緊張感と、同時に沸き起こる興奮。
もがそんなものを抱えながら、狭い宿舎で共同生活。今生きているということは、それだけ殺したということ。
随分と減ってしまった仲間たちだが、それをいちいち気にすることも出来なかった。
腐っているわけでもなく、それでもどこかドロリとした戦場特有の空気の中で一人異彩を放つ者がいた。

静蘭、というその男は恐ろしく整った顔と華奢な体で、顔色ひとつ変えずに人を殺す。
接近戦が得意だと言っていたが、いざライフルを渡せば正確に打ち落とすほどの腕前。
男所帯だからとつい静蘭に欲情するものも居たそうだが、ほとんどが返り打ちにあったという。
それでもまだ諦めない馬鹿が、昨晩も静蘭を襲おうとしたという話を聞いた。



「よぉ、静蘭。聞いたぜ?相変わらずモテるな〜」



ニヤニヤと笑って話しかければ、凍てつくような目で睨まれた。
その眼を見ながら燕青は息を吐く。
鋭い眼光は怖くもあるが、どことなく色気の漂う彼自身のせいなのか、強い瞳は扇情的で征服欲を掻きたてられた。
見なれた燕青ですらそう考えてしまうのだ。性欲の溜まった兵士たちでは理性が戻るどころは吹っ飛んでしまいそうだ。
そんなことを考えてジロジロと眺めていると、静蘭の唇が不快そうに歪められる。



「何の用だ」

「いや、お前も毎晩体の心配しながら寝んのも大変だろうなーって同情?」

「お前に同情される覚えはない!それにあんな下種、たいしたことはない」



そう言いながらも朝早くから作戦が始まり、夜まで気の抜けないこの生活で睡眠時間が削られるというのがそれほど辛いかはよくわかる。
兵士が侵入してきた後は、いくら追い返したとはいえ気が昂り寝れないだろう。うっすらと浮かぶ隈が痛々しい。




「俺も一緒にいてやろうか?」

「は?」

「夜だよ。静蘭の部屋広いだろ?俺の寝場所くらいあんだろ」

「お前は、馬鹿か?」




心の底から言っていた。
しかし燕青も、冗談のつもりではない。



「お前、今のままじゃ倒れるぞ?毎晩気ぃ張り詰めて、次の日戦場に出てって」

「うるさい!関係ないだろ」

「あるに決まってんだろ!俺の部隊の兵士がそんな顔して、作戦に失敗でもしたらどうすんだ」

「、っ」



あまり出すつもりはなかった上下関係。
訓練や作戦中は『燕青小部隊長』と『静蘭小部隊副隊長』としての言葉遣いだが、プライベートは彼らはフラットな関係だった。
だからこそ、こんなプライベートな会話で、俺の部隊と言ったのが意外だったのだろう、静蘭は一瞬言葉を詰まらせた。
不快気に歪められた唇が、「命令か」と小さく問う。



「いいや、違うな」

「……」

「恋人に対する心配、だろ?」

「っ…!おまっ、」




嘘でも冗談でもなく、事実だった。
それでも恐らく隅っことはいえ大広間で口に出す言葉ではなかったかもしれない。
それでも燕青は不満だったのだ。
人に頼るような男じゃない。分かっていても、襲われかけて何も言わないなんて。



「味方じゃなけりゃあ俺が殺してる」

「…馬鹿か。味方でなければ私が殺す」




ふん、と笑ったその表情に、静蘭がその体を誰にも触らせる気などないことを確認して、人知れずほっと息を吐いた。
こんな会話の後だからか、ちょっと緊張しながらそろりと静蘭に手を伸ばし、髪に触れたところで叩きはらわれた。



「って、!おい、」

「時と場所を考えろ」



ツンとそっぱ向いた静蘭の顔は、見る人が分かればという程度にほんのり赤く、燕青は可愛いなあと息をついた。
時と場所を考えれば、やっていいわけだなんて都合のいいように解釈する。



「ともかく、気をつけろよ。泣きついてきたらすぐに力になってやっから」

「お前の力など借りん!」



強情に言い張った静蘭に軽く笑い返して、燕青は違う兵士たちの輪に入っていった。


その時に、背中に鋭い眼光が刺さっていたことに、静蘭も気付いただろうか。





その日の夜だった。

静蘭、と声をかけて入ってきたのは軍の上層部。地位的に言えばこの戦場で一番偉い。
普通の兵士ならば萎縮してしまうような相手にも、静蘭は冷静だった。



「どうされました?」



対人用のにっこりスマイル。
しかしそれは人を寄せ付けない拒絶も込められていた。

その男からは『これまでの男』と同じ空気を感じ取ったからだ。

欲情

雑魚ならばともかく、こんな上の人間までやってくるなんて勘弁してくれ、と心底うんざりした表情を作るが、ワザとなのか天然なのか、男はやに下がった笑みのまま静蘭に近づいてきた。



「君は上に上がりたいんだろう?」

「ええ、まあ。身の程にあったところで構いませんが」



昇級の代わりにくれてやるほど安い体ではない。
だが、



「そうか、だがまあ、君がどうだろうと知ったことではないんだ」



その程度で退けられるほどの人間でもなかった。
相手が悪すぎた。
さすがにトップに立てつくのはマズイ。しかもこの男普段は温厚で、頭もよく、部下思いの『よい上司』なのだ。
まさか男色趣味とは思わなかった。しかも好意などという綺麗なものは求めないような下種だとは。
内心で毒づきながら静蘭の頭は高速でこの場をどう乗り切るかを考える。



「静蘭、君は燕青とデキているね?」

「それが、なにか?作戦にはなんの支障も出していないつもりですが?」

「ああ、認めるんだね。」

「隠したところでバレていそうですから」



腹の読めない笑みを浮かべながら、そいつは一歩一歩静蘭に近づいてくる。



「もちろん君が入れられる方なんだろう?」



あの熊と並んだ場合やはりそう見えるのかと思いつつも、さあと笑む。
燕青が女役ならこいつはそちらへいくのか、と思いながら。



「この際、どちらでも構わないけれどね」

「……。」

「頭のいい君なら分かるだろう?簡単な話だ」

「…私を、抱きたいと?」

「ああ、それで君は昇級できる。燕青君と、並べる場所に」



彼の手が、伸ばせば静蘭に触れられるほどまで近くに来ていた。



「大丈夫、彼より上手いよ。君も癖になるさ」



その手が頬に触れるというところで、パンと小気味よい音がしてその手がふり払われる。



「馬鹿にしないで頂きたいですね。私が、体を使わなければ上へあがれないほど無能だとでも?」

「そうじゃない、でも…そうだな…」



迷うように男の視線が宙を彷徨う。そして、何かを思いついたようにニヤリと笑った。
その顔があまりに醜悪で静蘭は思わず目を逸らした。



「君が体を差し出せないというのなら、次の任務で燕青君には最前線へ出てもらうことになるかもしれないね。」

「私の命が燕青の命と引き換えになるとでも?」



挑発的に睨みつける静蘭に、男は初めて意外そうな顔を見せた。
今度は静蘭がゆるりと笑みを浮かべる。


「燕青など、どこへなりと送り出して構いません。そんな条件で私を抱けるとでも本当に思ってたんですか」



ばっさりと言い放ち、静蘭は扉へと向かう。



「私を抱きたいのでしたら、お次はもっと良い交換条件を持ってきてください」



男が何か言う前にドアを閉め。足早に廊下を歩く。
あの眼はあきらめていない目だった。必ず、それこそ静蘭を犯罪者にしてでも手中におさめに来るだろう。
そうなる前に―――。





「燕青」


上官の部屋へノックもなしに立ち入り、ベッドに横たわる燕青の頬をペシリとたたいた。
その反動か、部屋へ入ってきた音かは分からないが燕青が俊敏に起き上る。


「こんな時間にどうしたんだよ静蘭、夜這いか?…ってうお!?」



冗談めかして言う燕青に向かって、彼の武器を投げつける。



「燕青、この軍を抜けるぞ」

「は?」

「私は抜ける」



抜ける、と言ってもこれはただの脱走だ。
朝になり見つかれば追手が掛けられるだろう。
もちろんこの脱走に燕青は関係ない。それでも燕青はニヤっと笑った。


「静蘭が抜けるなら、俺も抜けねえとなあ?」


ニヤニヤと頬を緩めながら近づいてきた燕青が、嬉しそうに静蘭の肩に腕を回す。


「……連れっててやるから早くしろ…」

「はいはい」


素直じゃない返事を変えしながら、ぷいっとそっぱを向いた静蘭に嬉しそうな笑みを向けて、燕青は机の上の鞄を手に取った。



「これだけで大丈夫だぜ?」


事情は知らないがなにやら急いでるらしい静蘭に、燕青はさっさと行こうぜとでも言いたげな目を向けた。
思い出はあれど未練はない。静蘭と共に行くのならば理由など後付けで構わなかった。


「燕青」

「ん?」


窓に足を掛け、外へ飛び出す直前に静蘭が振り返る。



「悪い」


一言だけ向けられた謝罪の言葉に、気にすんなよ、と燕青は笑いかけ後を追うように窓から飛び出した。

そこからは互いに無言で足を進める。
静蘭はあの男がこれを理由に追手を差し向け、自分を捕えようとすることが分かっていたし、燕青も静蘭の気配からなんとなく急ぐことは分かっていた。


そして―――




「とまれ!とまれ!」

「脱走者としてお二方に捕縛命令が出ています!」



脱走して小一時間、馬に乗った数人の、仲間だった男たちに囲まれる。
先頭にいた男は燕青の部下だった男で、燕青は少しだけやりにくそうに顔をゆがめた。



「やめとけって、お前なら俺たちの実力くらい分かってるはずだろ?」



それでも、命令ならば捕えなければならない。
分かっていてもつい声をかけてしまう燕青の優しさに静蘭がため息をついた。
互いの距離をじりっと詰め、燕青の背中に自らのそれを押し当てる。



「元仲間だからといって、手加減するなよ燕青」

「わーってるって!俺の一番はお前だからな!安心しろよ!」

「そ、そういうことではない!!」



そんな痴話げんかをしながらも、二人の剣は確実に追手の男たちを沈めていく。
そのすべてが命を奪うようなものでないのは二人の優しさだった。



「なー静蘭、これからどーすんだよ?俺たち職なしなうえに、部屋すると指名手配だぜ〜?」



背中越しにかかる呑気な声に静蘭は思わず口元を緩めた。



「特に考えてない」

「ま、それもいいかもな〜」



ぶんと風を切った燕青の剣が、最後の1人を地面に沈めた。



「ま、じゃあ…行こうぜ」




二人ならどこだって
やっていけると分かっているから







END


ずーーーっっと前に頂いていたキリリク『背中を合わせて戦う二人』でした。
たぶんもう待ってないと思うんですが;;
気持ち的に書きました。

しかしなんだか背中を合わせて戦わせるために無理にいきすぎた設定すぎた気もしてなりません。
男にモテすぎる静蘭不憫です。可愛いです。

だらけた文章な自覚はあるのですが、ここまで読んでくださってありがとうございます!











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