恋は思案の外




静蘭はその見かけによらず、酒にはめっぽう強い性質だった。
いくら飲んでもけろりとしているし、二日酔いというものなど滅多にできない経験の一つ。
そんな静蘭でもたまには酔うこともあるのだった、と絡み出した静蘭を見て燕青は頬をひきつらせた。




「――聞いてるのか燕青!!」

「あー、はいはい聞いてるっての」

「返事は一回で、いいんだ!」



酔っ払っているくせに小言の内容は案外いつもと変わらない。
変化といえばいつもより声がおっきくてやたらと燕青をばしばしと叩いてくることだろうか。
ただひとつ。決定的に違うのはたまに零す愚痴だ。



「おじょうさまは、もう私なんて必要ないんだ…」



しかもこの愚痴、今まで荒げていた声を一気に潜ませその上しょんぼりとした口調になるのだから困りものだ。
落ち込む静蘭はぶっちゃけものすごく可愛い。
しかも慰めるために背に乗せた腕は払われることなく、逆にすりよってくる。役得だ。



「そんなことないだろ。姫さんは誰よりもお前のことを頼りにしてる」

「そんなことは分かってる!」

「分かってるのかよ!」

「でも、たぶんお嬢様は、今私が邸を出ると言っても、以前のように止めてはくださらない…」



本当に、酔っ払いのくせに的を射たことを言う。
静蘭の言うことは最もだった。
官吏になる前の秀麗ならば、「よそへ行っていいのよとは言えない」と言えていた。
しかし色々なことを経験し、学んだ秀麗はすでに静蘭を自分の元へ身勝手に繋ぎとめておくことは出来ないと察していた。
離れないで欲しいのと、離れていくのも仕方がないでは全く話が違ってくる。
燕青の温かい掌が、こんな形でしか愚痴れない静蘭の頭をくしゃりと撫でる。



「姫さんに捨てられたって、縋りつくだろお前なら」

「…捨てられない」

「例えの話だ。お前がどれだけ偉い地位に就いたって、お前は姫さんの家人だろ?望んで姫さんのそばにいる。そんな奴を要らないなんて言う姫さんじゃねえよ」



それが長年付き合って来た静蘭であればなおさらだ。
大事な人だからこそ、危険に巻き込みたくないと突き放すことはあるかもしれない。
それでも秀麗は、静蘭が本当に望むことなら叶えてくれるだろう。彼女の手が届く内のことはすべて。
いつか将軍と呼ばれる地位に就くかもしれない静蘭が、そのときどんな地位だろうと秀麗に従うことは目に見えている。



「お嬢様のことを、知ったような…だからお前は嫌いなんだ」

「俺が本当に知ってるのはお前の方だけどな、静蘭」

「…ムカつく…馬鹿、単細胞…」

「それじゃその辺の餓鬼の悪口…ってどんだけ飲んでんだ!?」



いつの間に杯を空けていたのか、静蘭の周りには空になった酒樽が数個転がっていた。
これだけ飲めば悪口の種類が幼稚になるのも致し方ない。
嫌がる静蘭の手から杯を奪い取り、半ば無理矢理席を立たせた。



「おっと」




途端にぐらりと揺れる静蘭の体を慌てて受け止め、肩に腕をかけさせる状態で歩き出す。




「えんせい…」

「どうした?もうすぐ寝台だからさっさと寝ちまえ」

「お前は馬鹿で単細胞だが、べつに嫌いじゃない」

「は!?……だよな…」




唐突に何を言いだすのかと燕青が静蘭を見た時にはその薄い唇からは規則正しい寝息が聞こえてきた。




「寝ちまった…か、」




静蘭は分かっているのだろうか。
静蘭が秀麗から離れない気持よりはるかに強く、燕青が静蘭から離れる気がないということに。




「結果的に姫さんはこいつと俺と二人も抱え込まないといけないんだよなー…」




自嘲気味につぶやいた言葉は広い邸の廊下へと吸い込まれていった。




恋は思案の外
(理性などとうに失った)




END


恋シリーズ第1段
お題に上げるか迷いましたがこちらに上げたいと思います。








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