幸福の枷



幸福の枷




燕青との再会を果たし、秀麗の計らいで2人だけにされた静蘭は頭を抱えていた
実際そうしている訳ではない、それほどに悩んでいるという例えだ
しかし本当に頭を抱えて叫びだしたいほどには悩んでいた、彼の高すぎる矜持と美意識が留めているだけだ。
この場から出て行けばいいのだろうが、お嬢様の好意を無駄にもできないと踏みとどまる

猛暑の中、邵可邸の前で行き倒れ秀麗に拾われた髭男は以前、ほんの僅かな間だが恐らくは誰よりも心を交わし合った男だった
愛し合ったといっても嘘ではないだろう
だた一般的な恋愛をは違い、互いの間には愛情だけでは片付けられないものがあったのも事実だ
2人の間に愛がなくとも共に寄り添い、時間を共にすることに違和はなかったと思う。


決して素直に燕青に言うことはないだろうが、静蘭は燕青が好きだ。


今では思い出したくもない、とっくの昔に埋めてきた過去だが
静蘭には男性との経験がある。
そこに愛などという美しい感情はなく、ただ凌辱し支配したいがための一方的な行為だったにしろ、静蘭が男を受けれたことに変わりはない
そのせいだというつもりはないが、それがなければこんなことも思わなかったと思う。
久々の出会いで疼いた体は燕青の体を求めていた
あの時はただ寄りそうだけで満足だったというのに、幸せな家庭に拾われ欲が増してしまったようだと静蘭は嘆息する。



「静蘭?」



黙り込んだ、実際には湧き上がる熱を抑えていただけだが、静蘭を心配して燕青が腰をかがめて静蘭の顔を覗き込んだ。
いくら心を交わし合った仲とはいえ、ずいぶん前のことだ
この野性的な魅力を持つ男が女との経験がない訳でもないだろう
考えると少し悔しい気もしたが



「なんでもない、気にするな」



抱かれたがっているなんて考え悟られたくなくて、静蘭は燕青の視線から逃げるように目をそらした。
燕青の眉間にきゅっと皺が寄る



「何でもないって顔じゃねえぞ」

「何でもないと言っている」



なおも目を合わせようとしない静蘭の腕を、燕青は少々強引に捕まえた
そのまま力づくで己と対面させる。



「ちゃんと顔見て言えって。…俺、出て行った方がいいか?」

「なっ?!」



その出て行くの意味が、部屋からではなく、邸からだと分かった静蘭は驚いて顔を上げる。



「お前、今幸せそうじゃん」



せっかく目を合わせたのに、今度は燕青から逸らされる



「だからさ、俺との思い出なんてどっかに放り出してきた方がよかったなら、悪いことしちまったかもとか…」



思って、と弱弱しく続いた言葉に静蘭はむっとする。
お前は私のどこを見ていたのだと怒鳴りつけたい



「お前は相変わらず阿呆だな」



怒鳴る代わりに思いっきり呆れたという声を出してやる
実際かなり呆れていた
こちらは肌を重ねたいなどという考えに耽っていたというのに、そっちは居ない方がいいみたいなことを言う、自らの一方通行ぶりにだ。
思えばあの時だって好きだのなんだの言う甘い言葉は1つとして言っていないし聞いていない
言葉が全てだとも思わないが言質くらいは取っておけばよかったかと静蘭は少し後悔する



「阿呆って、相変わらずキツいなー」

「生まれつきだ」

「いや、赤ん坊の時くらいは可愛かったんじゃないのか?って赤ん坊の静蘭かー…めちゃくちゃ可愛いだろうな」



あの時もすっげー綺麗だと思ったけど
ぼそりと呟かれる言葉
なぜか溜息混じりなのが気になり、続きを促した



「けど?」

「なんか成長してますます磨きかかってないか?!」

「顔か?」

「顔も性格も!なんだよめちゃくちゃ美人になったと思ったら中身までっ…あ、…いや、悪い」



中身までなんだというのだろう
中途半端に口を噤んだ様子に言いたくないことだとは分かるが、話の流れでいけば自分のことなのだからと静蘭は容赦なくその先を言わせようとした



「変なところで区切るな気持ち悪い、言ってしまえ」

「いや、これはさすがに…」

「怒るかもしらんがちゃんと許してやる」

「うわ、それどーなの?」

「いいから言え、中身が?」



本当のところここまで執拗に問いただすのは相手からの自分への評価を知りたいためだったが、静蘭は気づかないふりをした。
1歩分燕青に近づき逃げないように服を掴む
燕青が過剰なまでに焦ったのをみると逃げる気だったのだろうか




「静蘭、ま、待て落ち着け」

「いたって冷静だ」

「まあそうかもしんないけど、か、顔が…!」



また顔か?
静蘭は整った柳眉を思い切り顰めた



「顔がなんだ?」

「ち、近すぎる!」



予想もしなかった言葉に静蘭は言葉を詰まらせた
近すぎるって…



「昔はもう少し近くなかったか?」



もう少し、というより接吻したのだが。
静蘭がそう言うと燕青は思いきり溜息をついた



「お前、思い出させるなよ……せっかく我慢してんのに…」

「は?我慢?」



気持ち悪い思い出、というならまだ分かるが我慢しているということは



「ったく、お前今姫さん居るじゃん。俺との思い出なんか末梢しちまっただっ…たっ」



ようやく合点がいった静蘭は、あまりの呆れと怒りで燕青の頬を殴り飛ばしていた
燕青程の腕の持ち主がよけなかったといことは、彼もそれなりに必死だったのだろう
しかしそんなことはどうでもいい
何やら分からんがこっちは燕青と居るだけで妙な妄想に向かいそうだというのに、この男は静蘭のことばかり優先しようとして
好きならさっさと手を出して来い
とはさすがに言えなかったが、それに近いことは思わず口から零れていた



「いいか、お前があんまりにも馬鹿で阿呆で頭が弱いから1度だけ言ってやる。」



そこであえて言葉を区切り、半ばにらむ勢いで燕青と視線をぶつける



「お前が好きだ。」



胸倉を掴みあげて最後にそう言うと、痛いくらいに抱きしめられた。



「俺も…、初めて会った時から、お前しか見れねー」



ということは先ほどからもどかしいすれ違いを繰り返していた訳になるが
今が幸せだからそのことは許してやろうかと思う
数年ぶりに触れた燕青の唇の感覚に酔いしれる。

あの時より甘くて、深い

確実に次への段階への熱を込めた口付け
脱がしにかかった燕青の手を甘んじて受ける
なでらかで美しいが、古傷や筋肉は決して女性的とはいえない
どちらかといえば―ものすごく綺麗な―男性の体も、燕青は臆することなく愛撫してきた

熱が、溢れる…

初めての行為にも関わらず、そこには甘さと快感、そして満ち溢れる満足感しかなかった――。








END


うちのサイトでは珍しい感じなモノになった気がします
熱を持て余す静蘭が書きたかった!だけ!



2009.5.21







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