掃き溜めログ 最近、櫂に恋人ができました。 相手は年上で、イケメンで、金持ってて、あと身長もそれなりにあるという、女の子にとっては結婚してほしい理想の男なんじゃないかと思うような、少女漫画に出てきそうな、そんな、やつの名は六月ジュン。 あいつは物凄く女にもてるだろうに、男の櫂を選んだ。その櫂も女子にもてるが、あいつはその比じゃなく女にもてているに違いない。だって櫂は無愛想だし。 2人が付き合ったという次の日、あいつが派手な車に乗ってきて堂々と校門前まで櫂を迎えに来た時の事、下校していく男子生徒たちが顔を歪めて舌打ちをするくらいには女子はあいつを見て「なんて素敵な大人の男性!」とはしゃいでいた。 こういうのって漫画の世界だけじゃないんだなあとぼんやりと感動するくらいには、とても現実離れした光景だった。それだけ、あいつが女の子には魅力的に見えるという事なんだろう。 でももちろんあいつはそういうので櫂をおとしたわけじゃあない。 あいつは裏ファイトのキングで、それはそれはカードファイトが強い。らしい。 正直な話、櫂に負けている所しか見たことが無いから、どれだけ強いのかはよく分からない。だけどあの櫂が通うくらいだから、きっと強いのだと思う。 今まで一番強いというポジションに居たくせに、負けてその座を引きずり降ろされても嫉妬にかられるのではなく、自分より強い櫂を気に入り、可愛がり、挙げ句愛してしまうなんて、ただの阿呆なのかそれが大人の余裕なのかは分からないが、少なくとも俺はあまり好きではなかった。 櫂に「一緒に帰ろうぜ」と言えば、申し訳なさそうに「今日はジュンに呼ばれてるから」と返されて、そっかぁ残念と笑顔を作るがなんとなくもやもやとした気持ちになって、寂しくてたまらなくなる。 なんで、あいつばっかり、ずるい。 そうやって、日に日に「あいつに櫂をとられた」感は高まって行き、俺は少しずつ嫌なやつになっていく。ほんと、親友の幸せを祝えないような、嫌なやつ。 そんな中、俺は櫂の家に泊まりに行った。 毎月第二土曜日の夜はうちには両親も姉も仕事やらなんやらで家に居ないから、俺も櫂の家に泊まりに行くというのが毎月の事だった。 小学生の頃もお互いの家に遊びに行ってはそのまま泊まったりなんて事もしょっちゅうだったから、あの頃と同じように櫂と夜遅くまで遊んでいられるのが楽しくて嬉しくて、毎月のこの日が凄く楽しみだった。 最近は特に櫂はジュンの事ばかりで全然遊んだり出来なかったから、本当に楽しみで楽しみで、俺はでかめの鞄に服やらゲームやらカードやらを詰め込んで、嬉々として自転車を漕いで櫂の家に向かった。 マンションの入り口に付き、部屋の番号を入力して呼び出しボタンを押すと、数秒後に「入れ」と素っ気ない返事と、ロックの外れる音がする。 そのままエレベーターを上がって櫂の部屋の扉に手をかければ、鍵は開けておいてくれたのか簡単に扉は開く。そして「おじゃましまーす」と声をかけて勝手に靴を脱いで遠慮なく中に入っていく。鍵は一応かけておいた。 毎回の事でこの一連の流れは決まっていて、今リビングの扉を開けば櫂がソファに座ってくつろいでいるという事も容易く想像できる。 キィ、と音を立てながらゆっくりリビングの扉を開くと、やはり櫂はソファに座って、コーヒーを飲みながらくつろいでいた。 「来たか」 「よお、おじゃまします」 にかっと笑って言えば、櫂もちいさく微笑んで返してくれる。その顔がほんの少しだけど以前よりもやわらかくて、恋人の力は偉大だなぁとぼんやり思えてしまい、ちょっとだけ悔しくなった。 「なんか櫂とゆっくりすんの久々だよなぁ」 「そうだな」 結局その日もいつも通りにカードやらゲームやらをして、いつの間にかリビングの床で馬鹿みたいに2人して眠っていた。 床で眠ると朝起きて体が痛くなっているのが毎回だが、今日は痛いだなんだと言っている暇はなかった。 静かな部屋の中に櫂の携帯の着信が鳴り響き、目を覚ます。 開きっぱなしの携帯のディスプレイには名前が表示されていて、ああお前かとため息が出る。朝早くからご苦労なこった。 それでも当の本人には鳴り響く着信音は聞こえていないのか、まだ寝息を立ててぐっすり眠っている。 しゃーねーなぁ。面倒くさいがあくびをしながら櫂を揺すって起こし、携帯なってんぞと伝えれば、ああ、と気怠げな声が返ってくる。 そして櫂はそのまま半分寝ているような顔で、眠たそうに「なんだ」と電話に出た。 「……いや」 「……そうか」 向こうの声は聞こえないから何の話をしているのか分からないが、とにかく、眠くて、ぼんやりと櫂を眺めていた。 櫂らしい素っ気ない返事ばかりだが、それでも俺に対する返事よりも優しさとか色々と違っていて、相手が『特別』だと言わんばかりで、悔しくなってくる。 いやあ仲良くて羨ましいねえ。くそ。 「……ああ、今は三和がうちに泊まりに来ているが」 櫂が、さも当然のように言う。 だが次の瞬間には櫂はさっきまでの空気とは一変してあせったように言葉を返し始めた。 「違う!何を言って……は?」 「違うと言っているだろう。何でそんな……ただ泊まりに来ているだけだ」 「ずっと前から毎月の事だ。今更お前に言われても……」 「だから、違うと言っている!」 櫂の珍しい大きな声にどんどん目が覚める。 あれ、これ喧嘩してる?なんで?さっきまであんなにふわふわした雰囲気だったのに。 「おい、ジュン聞いているのか……チッ」 切られた。 そう呟いて櫂はソファに携帯を力いっぱい投げつける。これは相当に機嫌が悪い。 「……なんかあった?」 「お前が泊まりに来てると言ったら浮気だとまくし立てられた」 はああ、と盛大にため息をつく櫂に、思わず少し笑ってしまう。 「あーそっか、男女なら同姓の友達なら許しても、男同士だとそうもいかねぇのか……」 なるほどな。いや、ホモって難しいな。 ていうか何、俺ってジュンにそういう風に見られてたわけ? あ、だから放課後とか異様に櫂を呼びつけて俺と離そうとしてたとか? 男の嫉妬で俺は友達とられて寂しがってたわけか。 ていうか、それってなんか、なあ? 「いや、なんか、ジュンて意外に大人の余裕とかない?」 「意外もなにも」 あ、そうなんだ……。 あいつ実はすっげえ面倒くさい性格なんじゃないかと思い始めると、思い当たる節はわりとあった。 あーやっべ、何か、色々ともやもやが重なって、やっとゆっくり遊べたと思ったら今度は浮気相手扱いされて、ちょっと腹立ってきた。 「なあ、櫂」 「なんだ」 「せっかくだからキスぐらいしとく?」 「は?」 だって、やってないのにやったって言われんの、すげえ腹立つじゃん。 それだったら、せっかくだし、さあ。 「冗談だよ」 「なんなんだ」 ただでさえ機嫌の悪い櫂の機嫌をこれ以上損ねるのも面倒だし、笑ってごまかす。 櫂は、さっき投げた携帯をずっとちらちらと見ている。 そんなに気になるなら自分からかけ直せばいいのに。向こうも待ってんじゃねえの? あーもー、お前ら腹立つな。 「でもさぁ、いちいちこんな友達と遊んでただけで浮気とか騒ぐなんて、ジュンも相当お前の事好きだよなぁ」 「……」 櫂は無言で俯くが、その顔が妙に嬉しそうで、お前も相当ジュンの事好きだよなぁと口には出さないが、凄く思う。 そして、なんで俺は友達をとられた挙げ句に言いがかりで嫉妬されて、むかつく事この上ない筈なのにジュンを庇ってるのだろうかと嫌になりながら、まあ櫂の顔が幸せそうだから今回だけは許してやるかとまたため息をついた。 |