掃き溜めログ
中学生時代



おかしい。絶対におかしい。
レンも、テツも、最近何だかおかしい。
おかしいから、あんなに楽しかったレンとのファイトも、テツとのファイトも、今は全然、楽しくないんだ。

他のやつに聞いてみても、みんな「雀ヶ森レンはもともとおかしいだろう」なんて言うが、そうじゃない。それはお前らがほんとうのレンを見ていないからそう思うだけで、最近のあいつは本当におかしいんだ。あれをおかしくないと言うお前らもおかしい。
レンは俺の話を聞いてくれないし、テツも、おかしいと分かっているのにレンに何も言わない。まわりもそれに気付かないから、レンはどんどんおかしくなっていく。




「それは、その子じゃなくてあなたがおかしいんじゃないの?」

レンと一緒にいるのがつらくてつらくて、授業をサボって行った保健室で、先生に言われた一言。
その日保健の先生は居なくて、代わりに居たのは体育の厳しい事で有名な先生で、何故授業に出ないのかを問い詰められて、最終的に言われたのがおかしいのは俺だという事で……。

「突然まわりの人みんながおかしくなるより、自分だけがおかしくなったって考える方が現実的でしょう」

なにも知らないくせに、と思ったが、俺はそれが何故だか否定できなくて、何だかとてつもなく不安で不安で仕方なくなって、先生に気分が悪いからとだけ伝えて眠りについた。


レンはあんなファイトをするやつじゃなかったし、あんな人を見下した事を言うやつじゃなかった。テツだってむちゃくちゃなレンの面倒をいつも見ていて悪い事は悪いとちゃんと言っていた。
なのに、最近、やっぱり、おかしい。


目を覚ますと、下校時間を知らせる放送が流れていた。
そんなに、眠っていたのかとぼんやり天井を見上げる。
すると、視界の端にあかい色がうつった。

「おはよう、櫂」

レンが、ベッドの横にあるパイプ椅子に腰掛けて、嬉しそうにただじいっと俺を見つめていた。

「よかったぁ、櫂、全然目を覚まさないから、このまま眠ったまま、死んじゃうかと思いました」

心配したんですよ。なんて言いながら、ぺたぺたと俺の頬を触る。
その手が冷たくて、何となく、違和感を感じる。

「……いつからいた」

睨みつけてみても、レンはただ笑っていて、それに凄く嫌な何かを感じる。
なにがそんなに、嬉しいんだ。

「でも櫂ってばひどいじゃないですか、せっかく僕が王子さまみたいにキスをしたのに、目を覚ましてくれないなんて!」

あはっ!と嬉しそうに笑い、今度は俺の唇に手を触れた。思わずその手を払いのける。

「……したのか」

思わず背中に嫌な汗が流れる。
なんだ、何なんだこいつは。
レンは行き場を失った手をぶらぶらとさせながら、俺の目を見つめる。
なにがしたいんだよ、レン。

「はじめてじゃないですよ」

「お前の経験なんて聞いてない」

「違います、櫂とのキスが、です」

俺は思わず、はぁ?と、間抜けな声を上げる。
そんな覚え、俺にはない。
俺が寝てる間に?でも俺が寝てるのなんて、殆ど教室で、教室には他のやつらもいるのに?
じゃあクラスのやつらの前で?

「僕と櫂は、夢とかイメージの中で、いっぱい、いいっぱいキスしましたから」

レンが俺の首に腕を回し、がっつりと抱きついてくる。
そして、俺の事を「だいすきですよ」だなんて言う。

お前、頭おかしいんじゃないのか。
言いたくても、さっきの先生の言葉が頭の中をぐるぐるとかき回していて、言葉に出来ない。

何もせずただレンを見つめていたら、また頬を撫でられる。
今度はその手が何故だか優しくて優しくて、ああ、こいつはレンなんだなぁなんて思ってしまい、不覚にも泣きそうになってしまう。

「さいきんの櫂、ヘンですよ」

目を細めて、心配しているのか笑っているのかよく分からない表情で、レンは俺の顔を物凄く間近で見る。
近くでじっくり見たレンの顔は、やはり、少し前とは違って見えた。

「……俺が、おかしいのか」

本当は俺がおかしいだけで、レンやテツやみんなは何もおかしくないのか。
おかしくなってしまったのは、俺なのか。

「どんな櫂でも、僕はすきですよ?」

ぎゅっと腕に力を入れられ、思いっきりに抱きしめられる。
レンの髪が頬に当たってくすぐったい。
ふいに涙がこぼれた。

「櫂、どうしたんですか」

ぽろぽろと涙を零す俺を見て、レンは困ったようにキスをした。
俺は黙ってそれを受ける。

おかしくなったのは、レンやテツやみんなじゃなく、俺なのかもしれない。
俺の脳みそはおかしくなっているのかも知れない。

でなければ、こんなにも、レンとのキスが嬉しい筈がないだろうに。


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