掃き溜めログ ちょっと注意? 高校生になって再会した櫂は、昔と変わっていなかった。 俺はまた櫂に会えた事が嬉しくて嬉しくて、冷たくされても構い続け、なんとか少しでも心を開いて貰おうと頑張った。 そして、少し心を開いてくれるようになった櫂に、やっぱり櫂は昔から変わってなかったんだ!と心から安心した。 だけどその時それと同時に、何だかよく分からない違和感が俺を襲った。 変わってはいないと思うが、櫂は正直、どこかがおかしかった。 櫂は、何となく、生きた人間だという感じがしなかったのだ。 人を寄せ付けない雰囲気は、何か聖域のように足を踏み入れてはならないものを感じさせるし、あの無愛想な無表情はあまりに徹底されていて、もともと顔が綺麗な作りをしている事と相まって、人形か何かと思えてくる程だし、ヴァンガードをしている時なんて、その強さや放つ威圧感で、まるで本当に惑星クレイから来た宇宙人なんじゃないかと思ってしまうくらいだ。 両親がいなくなってしまってから、櫂は沢山苦労したんだとはわかってる。 それが、この違和感を生むきっかけなんだろうとは思うが、確かめる方法もない。 ただ色んな親戚の間をたらい回しにされて傷ついて、ファイトで負かした相手に恨まれて傷つけられて、それで雀ヶ森レンとのゴタゴタでまた傷ついて、そんな日々を送って来たのはなんとなく想像できる。 今の櫂は1人暮らしで、『叔父さん』の世話になっていて、今住んでいる部屋の家賃もその叔父さんが出してくれているらしい。 その人が、櫂を思って1人暮らしさせているのか、ただ櫂と関わりたくないから金だけ出すようにして離れさせているのかは分からないが、何となく、櫂には一番いい状態なんじゃないかと思う。 それに、多分それなりにその叔父さんは櫂の事を気にしている。 前に櫂の部屋へ遊びに行った時、部屋には大量の高級気な箱と紙袋があった。 部屋の隅に積まれた箱や紙袋に何あれ?と問えば「服」と返され、お前ってそんな服とか好きだっけ?と聞けば、「叔父さんがウチに来るときにプレゼントだって持ってきてくれる」だとか言っていた。 だから、わりと可愛がられてはいるんじゃないかと思う。積み上げられたカラフルな箱や紙袋は、ブランドなんかをよく知らない俺が見ても高いとわかるものばかりで、嫌いなやつにそんな高いものをプレゼントしたりはしないだろう。 しかも櫂曰わく、あまりの量にもうクローゼットに収まらないだとか。それって、結構な頻度で会いに来てるって事だよな。 考えているうちに、会った事もない櫂の『叔父さん』のイメージが出来上がっていく。親戚達に邪険に扱われていた櫂が、そうやって大人に可愛がられているというのは何だか安心できるし、嬉しかった。 櫂の部屋に行くと、また箱や紙袋が増えていた。 「また叔父さん?」 「……ああ」 相変わらずに高そうなものばかりだった。 ふーん、と適当に話を流し、たわいのない話をする。 しばらくすると、櫂は飲み物を用意してくると行ってキッチンへと行ってしまった。 1人でぼんやりと、積まれた箱を見る。 そういえば、買った服が箱に入っているなんて、ドラマや映画でしか見たことがない。普通は紙袋で渡されるから、これはもしかすると自分の想像を超える程の高級な服なんじゃないだろうか。 そう思うと、好奇心が擽られ、箱の中身が凄く気になった。 櫂はいつも通りだと自分の分のコーヒーと、俺の分のミルクティーを淹れてくれているだろうから、しばらくは戻って来ない。 少しくらいならバレないだろう。 キッチンへと通じる扉をチラリと見てから、積み上げられた山からパステルピンクの箱をおろす。 こんなしっかりとした箱に入れられている服なんて、一体どんなものなんだろうか。 わくわくとしながら蓋を開けた。 だが、すぐにそのわくわくとした気持ちもなくなってしまう。 「……なんだよこれ」 あまりの予想外な中身に思わず息が止まる。 箱の中には、女物のワンピースが折り畳まれて入っていた。 なんで、こんなものが? 少し混乱した頭のまま、赤いワンピースを見つめる。 服には少しシワがついていた。これは、一回でも着たって事だよな? 恐る恐る広げてみれば、シワはスカートの方が圧倒的に多く、ぐしゃぐしゃになってしまっていた。 そして広げてからわかる、いやな臭い。 俺は心臓がバクバクいってる中、そのワンピースをそのまま床に投げ捨て、クローゼットへと向かった。 嫌な予感がして、冷や汗が止まらない。 櫂は貰った服がクローゼットにはもう納まらないと言っていた。 改めて見れば櫂の部屋のクローゼットは大きい。それがいっぱいになる程、沢山の服があると言うのか。 深呼吸をして少し落ち着かせてから、ゆっくりとクローゼットを開く。 俺の嫌な予感は間違っていなかった。 「なんなんだよ……!」 そこには大量の女物の服があった。 ハンガーにかけられているものもあったが、そのままぐしゃぐしゃに積まれているものが殆どだった。 部屋を見渡せば、クローゼットと反対側の壁に箪笥があり、それを開ければいつもの見慣れた櫂の私服や制服のシャツ、下着なんかが納まっていた。ブレザーも、その横に綺麗にハンガーにかけてある。 もう一度、クローゼットを見る。 すると、この大量の服全部が『叔父さん』からのプレゼントだとよく分かり、どうしようもない程の気持ち悪さに襲われる。 服はワンピースやらブラウスやらスカートもあれば、ストッキングもあったし、コスプレ紛いのメイド服のようなものもあった。 その中には力ずくで引き裂かれたように破れたシャツや、ボタンの飛んだブラウス、そしてビリビリに破れたストッキングには、白いものがこびりついていた。 クローゼットの中にはさっきと同じいやな臭いが、強烈に溢れている。 心臓が早い。 そんな、嘘だろ、櫂、どういうことなんだ。 クローゼットの前に立ち尽くして、呆然と大量の服を見つめる。 「三和」 突如呼ばれた名前に振り向けば、櫂がマグカップを2つ持って、無表情で立っていた。 「か、い……」 上手く声が出せない。 櫂の目を真っ直ぐに見れない。 「……見たのか」 「櫂、これ……」 震える手で、大量の服を指差す。 すると、櫂は俺の分のマグカップを机に置き、自分の分のコーヒーを一口飲んだ。 「叔父さんがくれるんだ」 「なんで」 「俺は叔父さんの愛人だから」 無表情で、淡々と言われる。 俺はもう何だかよく分からなくて、ただ立ち尽くして、コーヒーを飲む櫂を見つめる。 だって、これ、どう考えてもおかしいだろ。 「なんだよそれ……」 『叔父さん』は、お前をそういう目でみて、こんな変態だってすぐわかるような事をお前にしてるんだろ、それって、お前は辛い思いをまたいっぱいしてたって事じゃないのか。 こんなに大量の服があるって事は、それがこれだけの回数行われてたって事じゃないのか。 「……お前には関係ない」 櫂はそう言って、無表情でコーヒーを飲む。 だけど、その手は少し震えて見えた。 なあ櫂。お前本当は、凄く凄く辛いんじゃないのか。 凄く凄く辛いから、見たくないから、あんなにぐちゃぐちゃにクローゼットに押し込んでるんじゃないのか。 捨てるのにも見るのが嫌だから隠して、納まらない分も見たくないから箱に突っ込んで、見ないようにしてたんじゃないのか。 本当は誰かに助けて欲しかったんじゃないのか。 関係ないなんて、嘘だろう。 「俺に気づいて貰いたかったから、助けて欲しかったから、あーやって、分かる場所に箱とか、積んでたんじゃないのか」 そう呟けば櫂は、生気のない人形のような目で、俺を見た。 「櫂が苦しんでるなら、辛い思いをしてるなら、今度こそ俺が助けてやりたいから……!櫂の力になりたいから、櫂のそばに居たいから!幸せにしてやりたいから!俺、櫂が好きだから……!」 ぐちゃぐちゃで混乱しながらもどうにか俺の気持ちを吐き出す。 息を荒げて泣きそうになりながら櫂をみれば、相変わらずの目で、俺を見つめていた。 「…………俺も、三和がすきだ」 そう呟き、俺から目を反らす。 そして、泣きそうなのか、薄ら笑っているのか、よく分からない顔をして、櫂は口を開いた。 「でも、俺がいないと叔父さんはしんでしまうから」 お前、ばかじゃねえの。 どうしようもなく辛くて、そんな風に考えてる櫂が可哀想で、俺が可哀想で、本当にどうしようもなくって、俺はただ櫂の事を考えながらみっともなく泣いた。 |