掃き溜めログ




朝目が覚めると、俺に抱きつき、背中に顔をうずめるようにして、三和が寝ていた。


「いつ来たんだ……」

俺は一人暮らしだから、もし俺に何かあってここを開けなくてはならなくなった時、ここの鍵を開けられる人は近くに居ないから、そんな何かがあった時の為にと三和はこの部屋の合い鍵を持っていた。
だから別にここに入れる事は何もおかしくは無い。だが、こんなにいきなり、しかも寝てる間に勝手に入って来るのは正直、やめて欲しい。
はぁ、とため息を吐き、寝返りをうとうとした。その瞬間。俺の腰あたりに回っていた三和の腕に力が込められ、阻止される。

「起きたのかよ、櫂」

背中に顔をうずめたまま、三和は言う。どうやら寝ていたわけではないらしい。
寝起きではないからか、わりとはっきりとした声だったが、なんだか若干に鼻声な気がした。

「……三和?」

様子のおかしさから、振り向いて顔を見ようとしたが、また腕に力を込められて「今ちょっと顔見られたくない」とはっきりと拒否されてしまう。
そして数秒の沈黙の後、鼻水をすする音が聞こえ、ああ、そういう事か、と少し納得する。

なにか、あったのだろうか。
何かしたり、声をかけたり、した方がいいのかも知れない。
だけど俺はこいつと違い、そういう時にどうするべきなのかだとかを判断するのは不得意で、結局何もせずじっとしていた。
とりあえず、こいつのしたいようにさせようと、腰に回された三和の手に左手を重ねてみる。すると、三和の手は一瞬だけびくりと跳ねた。

「……俺うぜぇよなぁ、ごめん、櫂」

三和はめずらしいぐらいに弱々しくそう呟く。
何と返せばいいか分からず、ちいさく「別に」とだけ返した。
考えても、どうしていいか分からず、何か言ってもどうせ言葉足らずで、自分はこいつに何も出来ないのかと少し辛くなってくる。
重ねていただけの手で、三和の手をぎゅっと握る。

「櫂の手、あったけーな……」

三和も、俺の手を握り返す。
そしてその数秒後背中から、嗚咽混じりの泣く声が、聞こえてくる。
三和の手は俺の手を力いっぱいに握ってくるから、俺もそれに返すように力いっぱい握ってやる。

「言いたいなら言え、言いたくないならそれでいい」

「うぅ……っいまは、いわない……っ!」

やはりどうしても言葉足らずになってしまうが、三和は、そんな俺の言葉をいつも理解してくれる。
「そうか」とだけ返し、そのまま手を繋いでじっと三和の苦しげな呼吸と、泣き声と、鼻水をすする音を聞いていた。
しばらくすると、それも落ち着きはじめる。
そしていつの間にか三和は静かになり、どうやら寝ているようだった。

「三和、寝たか」

返事はない。寝たな。
一応確認をしてから寝返りをうち、三和と向き合う体勢になる。
顔を見れば目の回りと鼻が赤くなっていて、そうとう泣いていたのだろうとよく分かった。
何があったのかは分からないが、こいつのこんな状態はあまり見ないから、やはり凄く辛い何かがあったのだろう。
涙で濡れた顔にはりつく髪を退かしながら撫でてやれば、少し表情が柔らかくなった。
その寝顔に安心して、時計を見れば、もうそろそろ起きなければ学校に間に合わない時間だった。

まあ、今日ぐらい行かなくても大丈夫だろう。
俺は三和の寝顔を見ながらもう一度三和の手を握り、起こさないよう小さな声で「おやすみ」と呟いてから、まぶたを閉じた。


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