掃き溜めログ
女の子苦手なホモアイチと女の子櫂くん





僕が、小学生だった頃の話。
その頃僕はいじめられていて、苦しくて、窓から差し込む朝日が昇る光を毎朝布団の中から見ては、消えてしまいたいとすら思っていた。
毎日、新しい今日を迎える度に、今日も明日も来なければいいのにと、ずっと思っていた。
そうやって、毎日長い長い1日をただ生きていた。意味のない辛いだけの時間がただ流れていくだけの日々だった。

そんな中、彼に出会った。
彼はひとつ年上で、凄く明るい笑顔で僕に声をかけて、カードをくれた。
そして言われた、「イメージしろ」の言葉。
その時の僕はそのカードに書いてある文字の意味もルールも何も分からなかったけど、何故だか、少しだけ強くなれたような気がした。
その時に、僕は彼に一目惚れしていたんだと思う。

それ以来、いじめも生き辛さも何も変わらなかったけれど、ただ、また彼に会えるかも知れないと思うと、今日や明日が来るのが楽しみに思えた。
毎日毎日、学校からの帰り道に彼を探して歩いた。見つかった日も見つからなかった日も、彼の事を考えると、少しだけ、生きている事が嬉しく思えた。


しばらくして、彼の姿を見かける事すらなくなり、どこかへ引っ越してしまったと知った時は凄く落ち込んだ。また毎日が辛くなってしまうと思った。
それでも彼への思いは止まらず、どんどんとエスカレートしていく。
中学生にもなると、まわりの男の子達は可愛い女の子の話だとか芸能人の誰と付き合いたいだとか、そういう話ばかりしていたが、僕の頭の中は彼でいっぱいだった。彼から貰ったカードを見ては、彼への思いを馳せた。
彼は背が高かったから、きっと今はもっと背が高くなっている。声変わりもして、凄く格好いい声で、それで、適度に筋肉もついているんだろう。
それで、明るくて優しくて格好いいあの笑顔で、僕の頭を撫でてくれる。
そんな妄想ばかりが頭を侵食していく。
毎日毎日、1日の殆どを彼の事をイメージして過ごしていた。

彼と手を繋いで、街を歩きたい。彼とキスをしたい。彼に愛してると言われたい。
妄想もどんどん過激になる。
イメージの中で彼に抱かれる日もあれば、彼を抱く日もあった。
僕を抱く彼はとても優しくて、僕の事を凄く気遣ってくれながら、キスをしながら、彼と僕はひとつになる。僕はそれが幸せで、嬉しくて、思わず涙を流して、彼の名前を呼ぶ。すると、彼も優しく僕の髪を撫でながら、名前を呼び返してくれる。
逆に僕が彼を抱く日は、彼はそれはそれは可愛い顔で恥ずかしそうに頬を赤らめて、声を我慢しながら僕を受け入れてくれる。彼は生理的な涙を流して、僕の首に腕を回し、気持ちよさそうに「もっと」と強請ってくる。それが、たまらなく可愛いのだ。

そういう歳になり、それなりに自慰をするようになった僕のネタは、専ら彼とのそういうイメージだった。
僕の頭の中での性の対象は彼であり、女の子じゃあない。自分でも、おかしいとは思っていても、僕が好きなのは彼なのだから、それ以外に興奮しようがない。彼以外とそういう事がしたいとはどうしても思えない。
むしろ、もともと女の子が苦手だった事もあってか、女の子の裸は何だか気持ち悪いとすら思えていた。
時々広告やネットで見るあの柔らかい脂肪のくっついた体には、何故だか恐怖すら感じていた。

自分はきっとホモなんだ。
もしまた彼に会うことが出来たとしても、彼に気持ち悪がられて、嫌われてしまうかも知れない。
そう思い、真剣に悩んだりもしたが、彼に愛して貰えないなら生きていても意味はないのだから死んでしまおう、という結論に至った自分のあまりの思考回路に、思わず苦笑いを零した。


そうしていつもと同じように、彼との情交をイメージしながら自慰に励んだ翌日に、事件は起きた。

彼から貰ったカードを、奪われてしまった。
やめて、そのカードはほんとうに大切なものだから……!
必死になって、森川くんを、彼から貰ったあのカードを、追いかけた。

「僕のカード、返して……!」

そしてやっとの事たどり着いたカードショップの自動ドアが開いた先には、大切な僕のカードを持った、女の人がいた。

「……そのカードって、これ?」

女の人が、僕の目をまっすぐ見て、そう聞いてくる。

「そうです……!返してください!」

女の人というだけで、少し体が震える。
目を合わせているのが辛くて、その人の目じゃなく大切なカードを真っ直ぐに見つめて返事をする。
すると、女の人はカードを下ろし、ヴァンガードで勝負して勝ったら返してやる、という事を述べた後、にやりと微笑んだ。
僕は、いつかまた彼と会えたら教えて貰おうと思い持っていたデッキで、知らない女の人とファイトする事になった。

どうしてこんな事になってしまったんだろう。
女の人と話すだけで頭の中がぐるぐるとしてくる。やはり、女の人は苦手だ。
目の前の人は僕と同じくらいの身長で、ほっそりとした体に、主張された胸元、そして美人に部類されるであろう顔には化粧が施されていて、ふと自分をいじめていた女子グループのリーダーを思い出した。
嫌な事を思い出したせいで、余計に手が震えてくる。
ああ、どうしようもなく、辛い。

絶対に勝たなければいけないのに、大切なカードを取り戻さなければいけないのに、ちゃんとルールを覚えて、勝たなきゃいけないのに、女の人の声が頭に入って来ない。
余計に焦って、頭が混乱する。
もう、ダメかも知れないと思った時、女の人の一言が、頭の中に響いた。

「イメージしろ」

忘れもしない、あの言葉、あの声。
何年もイメージし続けた、大好きな声。
妄想の中で、何度も僕に愛を囁いてくれた、彼の声。
その声を、いま、この女の人が……。

僕は驚いて、椅子から転げ落ちた。
まわりに居た他のお客さん達はいきなりの事にどうした大丈夫かと心配して声をかけてくれるが、それどころじゃない。
頭の中がぐちゃぐちゃに混乱して自分が今どんな顔をしているのかもわからない。
不思議そうに僕を見つめる女の人の目は、綺麗な緑色で、それは、まるで……、

「か、櫂くん……?」

「…………アイチ?」

嘘だ、そんな、そんなの、うそだよ。
この声をまた聞けるのは嬉しい。この声で僕の名前を呼んでくれるのは嬉しい。だけど、僕のイメージの中での彼は声変わりしていて、身長も高くてかっこよくて、そして何より、男だった。
どうして、なんで、

「櫂くんって、女の人だったの……?」

混乱した頭じゃ失礼だとかそんな事は考えていられなくて、思わずそう呟けば、櫂くんと一緒に居た金髪の男の人が吹き出した。

「なに、小学生ん時の櫂の知り合い?」

くっくっと笑い、男の人は「小学生ん時のお前どっからどう見ても男だったもんなー!」とまた笑う。
櫂くんは黙って男の人を睨みつけていた。
そんな女の人にしてはかっこいい顔でも、すごい目力でも、低い声でも、結局は目の前の櫂くんはどう見ても綺麗で可愛い女の人であって、スカートから伸びる脚も、腰のくびれも、胸の膨らみも、僕の望まない恐ろしい女の人である証明ばかりで、僕は、ずっと、櫂くんが、でも、僕の好きな櫂くんは、そうじゃなくて、

ガタン!!
僕はもう一度倒れて、今度は椅子の角に頭をぶつけた。
すごく痛い。これは、夢じゃない。

ぶつけた所が痛いからなのか櫂くんにまた会えた事が嬉しいからなのか櫂くんが女の人だったからショックを受けているからなのか、自分でもよく分からないし、多分全部なんだろうけれど、ぼろぼろと引くぐらい涙がこぼれた。

「お、おい大丈夫かよ……?」

金髪の男の人が心配してくれるが、櫂くんはどうしていいか分からないからか黙ってこちらを見つめていた。

「じ、自分でもよくわかんないです……」

止まらないし止め方もよく分からない涙はしばらく流れ続け、やっと止まったと思っても、櫂くんが僕の名前を呼べばやはり嬉しいのか悲しいのか涙はまた溢れてきた。
どうしようもなくて泣き続けていたら、櫂くんがハンカチを貸してくれて、嬉しくてそれで涙を拭おうとしたが、ハンカチからする女の人のにおいに、思わずえずいてしまった。



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