覚えてないジュンさんと覚えてる櫂くん




はじめて櫂と会った時に、なんとなく、不思議な感じがした。
もしかして、以前どこかで会った事があるのだろうか。
何かを思い出そうとしても思い出せなくて、もやもやする。

だけど、その事について深く考える前にファイトが始まり、僕の負けでファイトは終わり、櫂は三和と一緒に帰っていった。

それからも何度か櫂は僕の所に来てファイトをしたが、結局その不思議な感覚が何かは分かっていない。





「なんだ、櫂来てねーの」

三和は、がっかりしたように言う。
流石にそんな毎日は来ないよ、と苦笑いで返せば、三和もまた苦笑いになった。

「でも最近はあいつ、行き着けのカードショップよりこっち来るの優先してんだぜ?」

櫂に懐いてる一個下のやつが居んだけど、そいつが寂しがっててさー。
三和は最近の櫂のかわった様子について話すが、そもそも以前の櫂という人間をよく知らないから、適当な返事しか出来なかった。

「だから、あいつお前に相当懐いてんぜ」
「……って言われてもねぇ」

懐かれるような事は何もしてないし、まあ、ファイトの腕を認めてくれてるって言うのなら嬉しいけど。

「ところで三和、櫂って……」

「何してるんだ」

声の方へと振り向けば、眉間に皺を寄せた櫂がこちらを見ていた。
気付いた途端に三和は立ち上がり、嬉しそうに櫂に駆け寄って行く。
それでも何故か櫂は三和ではなく、僕を見ていた。
真っ直ぐに僕を見つめるその目は、何かを期待しているようで、何だか少し必死にも見えた。

「櫂?」

三和が名前を呼べば、櫂ははっとしてそっちを向く。
何さっきの顔珍しい!と三和は笑うが、何となく、あの顔は見たことがあるような気がした。
やっぱり、櫂を見ていると誰かを思い出すのに、それが誰かは思い出せない。
昔の知り合いにでも似ているのだろうか。

「あっそうだ、櫂の好きなやつ買ったんだよ。食べようぜ」

三和は鞄を漁り、櫂の機嫌を取るように箱を差し出す。
何かと思いよく見てみれば、それはコンビニやスーパーなんかで見かけるチョコレート菓子だった。

櫂が、お菓子?
高級なクッキーやケーキならまだ分かったものの、そんなどこにでも売っているようなお菓子は少し意外で、ふっと笑うと、櫂はこちらをまた見つめてくる。
だから、何なんだその顔は。

「ジュンも食うか?」

少し顔が引きつってしまっていた僕に、三和が小さな包みを渡してくれる。
せっかくだけど、と口を開こうとした瞬間、僕のかわりと言わんばかりに櫂が口を開いた。

「それ、ジュンは好きじゃないぞ」

すると、三和はそうなのかと納得し、お菓子を持った手を引っ込めて、話を続ける。

「ジュンて甘いもの苦手とかいうイメージあるけど、やっぱり苦手なのか?それともチョコレートが苦手とか?櫂もあんまり甘いの好きじゃないから、食べんのこれぐらいだしなー」

ああ、そうなんだ。と笑顔で適当に返事をするが、少し驚いていた。櫂とお菓子の話なんてした事がないのに、櫂にお菓子なんて似合わないと思ったぐらいなのに。どうして知っていたんだろうか。

ちらりと櫂をみれば、強烈な視線でこちらを見ていた。ばっちりと目が合ってしまう。
その目はさっきなんて比べものにならないくらい期待に溢れていて、まるで小さい子どものようだと思った。
小さい子どもが苦手な僕としては、何となく苦笑いしか出ない。
相変わらず目が合っていて、目を反らすのも失礼かと思い、少し気まずいから笑って誤魔化したが、それに櫂は何か勘違いをしたらしい。

「思い出したのか?」

櫂がその期待に満ちた目ではっきりとそう言った。
三和も驚いたように櫂の方を見る。

「……なにを?」

突然の事に何の話だかよく分からなくて、首を傾げて聞き返す。
その途端、櫂の期待に輝いていた目は失望したように細められ、機嫌わるく眉間に皺が寄り、睨みつけられる形になった。

「覚えてないなら別にいい」

明らかにふてくされるように吐き捨てて、櫂は踵を返して足早に来た道を歩いて行ってしまう。

「あっ、おい待てよ櫂!どうしたんだよー!!あーもーなんだあいつ」

三和は櫂を追いかけて走っていく。
じゃあなージュン!と手を振られたので振り返すが、櫂は振り向きもせず進んでいく。

「なんなんだ……」

はあ、とため息を吐き、もう一度櫂のあの顔を思い出す。
思い出したのか、って言うぐらいだから、僕が何かを忘れているのかも知れない。
やっぱり、どこかで会った事があるのだろうか。
しかし、あんなに偉そうで印象的なヤツを忘れるだろうか。
顔だって、今まで生きてきて出会った中ではかなり上位に入るくらい綺麗だと思う。そんな顔を忘れるだろうか。

やはり考えても何も分からなかった。



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