掃き溜めログ 高1×小4 昔の明るい櫂くんの性格がよくわからない。 なんだか分からないけれど、小学生を拾った。 雨が降っている中傘もささずに、泣きそうな顔でただただ立ち尽くしている子ども。 普段なら放っておくだろうに、何故だかそいつが凄く気になって、思わず声をかけてしまった。 きっと今日は雨が降っていてとても寒いから、あまりにもそいつが可哀想に思えて、放っておいたら死んでしまいそうな犬や猫をつい拾ってしまうのと同じ事だったんだろう。 だから犬や猫と同じように連れて帰ってしまった。 だってそうじゃないと、高校生になってやっと手に入れた1人暮らしのこの部屋の初めての客が、こんな見ず知らずの小学生だなんて、いたたまれないじゃないか。 「で、お前はなんであんな所に突っ立ってたんだい」 その子どもは、何だか分からないけど機嫌が悪かった。 僕の部屋について、ちいさく「おじゃまします」とは言ったものの、あまり感謝の気持ちは伝わってこない。 何となく、助けてやった気持ちでいっぱいだった僕は、少しそいつに苛立ちを覚えたが、小学生にいちいち腹を立てるのも馬鹿らしいと思い、とりあえずそいつを「暖まるまで出てくるんじゃないぞ」と風呂場へ無理やり押し込んだ。 そいつの着ていた服は面倒くさいからそのまま乾燥機に放り込み、脱衣場には適当に僕のあまり着ていないTシャツとジャージ、そして新品の下着を置いておいた。これだけやってあげてるんだから、サイズの事までは知らない。 風呂から上がり僕の服を着たそいつは確かに可哀想なぐらいみすぼらしい姿だったが、しょうがないだろう。 とりあえずいまだに機嫌の悪いその小学生を、あぐらをかいた膝の上に座らせ、ドライヤーで髪を乾かしてやる。 そしてその時にやっと、ちゃんとした疑問を投げかける。 あと、機嫌の悪い理由も聞きたい。 「…………友達と喧嘩した」 そいつはぽつぽつと、数時間前の話を始めた。僕はドライヤーを動かしながら黙って話を聞いていたが、あまりのくだらなさに、少し顔が引きつった。 要約すると、「友達と公園で遊んでいたけど喧嘩して、思わず公園を飛び出したら友達は追いかけてきて、逃げようと走っていたら雨が降ってきて、それでも走り続けたら知らない所に来てしまって、どうしていいか分からずあそこに立ち尽くしていた」という事らしい。小学生って本当に馬鹿だと思う。 「その友達、追いかけて来たって事は謝ろうとしてたんじゃないか」 ドライヤーを動かし、ブラシで髪をとかしてやる。酷い癖毛だ。 「……俺がわるいのに、なんか、謝られたら、嫌だし」 小さな声でそういうこいつは、思い出したのかまた泣きそうな顔をしていて、泣かれても面倒だと思い、適当に「あぁそう」と会話を終わらせた。 「もしかして公園って、あのやたらと長い滑り台のある所かい」 「知ってんの?」 少し驚いたようにそいつは聞くが、驚いたのはこっちだ。 話を聞く限りだととてつもない距離を走って来たかのようだったが、正直、ここからそんなに距離はない。小学生からすれば凄い距離だったのかも知れないが、僕からすればすぐそこと言ってもいい。 「ああ、まあ……。とりあえず、公園までの地図を書いてやるから、まあ、これでも食べて待ってなよ」 通学鞄からチョコレート菓子を取り出し、そいつに渡す。 そいつは箱を見た瞬間、さっきまでの不機嫌もどこかに行ってしまったようで、目を輝かせていた。 「いいの!?」 学校で友人に貰ったが、正直そのお菓子あまり好きじゃないし別に構わない。 そう伝えると、そいつは嬉しそうに箱を開けてお菓子を食べ始めた。 僕はその間にパソコンでこの辺りの地図を調べる。ああ、プリンターを持っていればこのまま印刷できて楽なのに。 お菓子を食べる音とルーズリーフに地図を書くペンの音だけが部屋に響く。 「ジュン?」 突然に名前を呼ばれて振り向けば、そいつは嬉しそうににっこり笑った。 「あんたジュンっていうの?」 「ああ、うん」 そういえば名乗ってないのに何故、と思ったが、そいつが嬉しそうに箱の底を見せてくる。 そこには友人のきったない字で『英語のノートありがとうジュン!』とサインペンで殴り書かれていた。 「ふーん、ジュンかぁ」 そいつは相変わらずに嬉しそうに、僕の名前を繰り返す。 なんだこいつ……と思っていたら、目があった。途端、にへらと笑顔を返される。 その瞬間、僕は自分の大変な間違いに気づいた。これは面倒なことになったんじゃないか? 完全に懐かれた。 子どもは、何か物をくれる者、特に自分の好きな物をくれるやつに、すぐ懐く。 例え人からの貰い物でも、恐らく好物なんだろうお菓子を与えてしまった。 嬉しそうにこっちを見ながらお菓子を口に運ぶそいつをちらりと見て、面倒な事にならないよう祈った。 「ほら、地図。書けたよ」 ルーズリーフを差し出す。 そいつはやはり嬉しそうにそれを受け取った。 「ありがとう!ジュン!」 「はいはい。ほら、多分乾燥機に入れた服ももう乾いてるだろうから、着替えな」 「パンツは?」 「それは返されても困るからあげるよ」 はあ、とため息を吐きながら着替えを手伝ってやる。 何だかんだと世話を焼いてやると、そいつが「ジュンって優しいな」だなんてこそばゆい事を言い出す。 「年上だからね」 「そっか」 傘の予備はないから、使っていないレインコートを着せてやる。どうせ使ってないから返さなくていいし。 「お菓子の残りもやるから、友達が公園でお前を待ってるかも知れないし、一緒に食べて仲直りしなよ」 とりあえず箱は捨てて、中身の小袋をポケットに突っ込んでやる。 なんで僕がこんな子どもにここまでしてやらなきゃならないのか。別に嫌でもないし構わないけど。 「ジュン、お世話になりました」 玄関まで行き、びしょびしょの靴を履いたそいつは少し寂しげに頭を下げた。 「もう喧嘩しても走り出すなよ」 そいつは物欲しげに僕を見上げ、「またおいで」の一言を待っているようだったが、絶対に言ってやらない。 緑色の目はただ真っ直ぐに僕を見ている。 「また会える?」 痺れを切らしたのか、自分から聞いてきた。それでも望みの言葉は言ってやらない。 「お前がもう少し大きくなったら会えるんじゃない?」 適当にぼやかした返事をする。 少なくとも、ここから公園までの距離を遠いと言えるなら、偶然道端で会うことはまず無いだろう。 もっと大きくなって行動範囲が広がれば、偶然もあるかも知れないが。 「そっか」 分かったのか分かってないのかそいつはへらりと笑って、もう一度「ありがとうジュン!」と高らかに言い、雨の中を走って行った。 僕も小さく手を振る。 この雨じゃあ渡した地図も公園につく頃にはぐちゃぐちゃで、ここへの道のりもわからなくなっているだろう。 あいつは残念そうな顔をするんだろうなぁとぼんやり考えながら、僕は部屋へと戻った。 |