僕の足元には、あまり中学生には見えない子供が転がっていた。

「な、何してるんですか仙道くん……」

狭い部屋の中で両手を広げて、仙道くんはじいっと天井を見つめていた。
いつからここに居たんだろうか。
僕が仕事から帰って、とりあえずシャワーを浴びようとしたその時には居なかった。
シャワーを浴びている間に勝手に家に入ったのだろうか。でも、僕の記憶が正しければ玄関の鍵は閉めたはず。
混乱気味の頭で考えながら仙道くんを見ていると、仙道くんは僕の頭の中を見透かしたかのようににやりと口の端を釣り上げて言った。

「魔術師だからねぇ」

くっくっと機嫌よく笑う。
そして右手に持っていたCCMをスライドさせて、ぱたりと閉じる。それを見て、LBXで何かしらしたのだろうと理解し、はあ、と小さくため息を吐いた。
そんな僕を見て、仙道くんは一層機嫌よく笑う。
しかし、仙道くんは笑っては居るものの、何となくいつもの強気な雰囲気はなくて、不思議な違和感に襲われる。何かが変だ。
いつもなら例え少しの隙だろうとけして見逃さず、抉るように罵声を吐いてくるだろうに。

「何かあったんですか」

「なんで?」

仙道くんは無表情で、まっすぐに僕を見て言った。
あまりの返事の早さに、思わず少しひるんでしまう。中学生相手に、情けない。

「何か……様子が変だな、と思って……」

ぼそぼそと小さな声で答えると、仙道くんは瞬きを数回した後、ゆっくりと体を起こし、んーと伸びをする。僕はただそれを無言で見つめていた。
そして仙道くんは床に座ったままの状態で僕を見上げ、数秒間僕の目を見つめた後、おもむろに頭を俯けた。

「別に、何かっていう何かはない、と思う」

僕にも負けないくらいぼそぼそとした声で、仙道くんは呟いた。
失礼ながら僕は凄く驚いた。こんな仙道くんは今まで一度だって見たことがない。
これは何もない筈がない、と思うのに、混乱した僕の頭では仙道くんにかける上手い言葉が見つけられず、ただただ無言の空間が広がる。
仙道くんは相変わらず下を向いていて、自分の情けなさに涙が出そうになる。

「……あんたさ、俺の事好き、って言ったじゃん」

ぼそりと、仙道くんが先に口を開いた。
突然の言葉と、その内容に、思わず「えっ」というみっともない声を上げてしまう。
そして、数日前に自分が行った恥ずかしい告白を思い出し、顔が熱くなってくる。
もしかして、仙道くんはあの告白について、凄く悩んでくれていたのだろうか。
「知ってる」の一言で片付けられてしまったあの告白について、本当は凄く真剣に考えてくれていたのだろうか。
そう考えると、嬉しい反面、申し訳ない気持ちで一杯になる。

「せっ仙道くん、あれは……!」

「俺、ちょっと前まで郷田の事が好きだったんだ」

突然の言葉に、思わず脳味噌が一時停止する。
ちょっと前、と言っているのだから、今は違う……と思いつつも、なんだか僕の心は酷く傷ついていて、少し顔が歪んでしまう。
そんな僕を見た仙道くんは、何故だか微笑ましいものを見るようにふっと笑った。

「小学生ん時から喧嘩ばっかしててさ、LBXでバトルだったり、本気の殴り合いだったり。でも、逆に言えばそこまで執着してたのって、お互いに、お互いだけだったんだよねぇ」

仙道くんは、数年前の話を、まるで何十年も前の話をしているかのように言う。

「んで一年の時に、殴り合いで負けて、俺あいつに『てめぇなんか大っきらいだ』って怒鳴りつけたんだよ」

「はぁ……」

なんと返事を返していいか分からず、とりあえず適当に相槌をうつ。
仙道くんは、また寝転がって、腕を組んで顔を隠してしまった。

「そしたらさ、あいつ何て言ったと思う?『お前、俺以外のやつ好きになれんのか』だってさぁ。ったく、自惚れんなっての」

ははは、とわざとらしく笑った後、仙道くんは、はぁと小さくため息を吐いて、そのまま寝返りを打ち、うつ伏せになった。完全に顔が見えなくなってしまった。

「……そん時はさ、その通りだと思ったんだよ。郷田以上に好きなやつなんて一生できないんだろうってな。それがどうだよ、今となっちゃ、このザマだよ」

「えっ」

驚き、仙道くんを見れば、相変わらず顔は隠れていたけれど、見えている耳はそれはそれは真っ赤だった。

「仙道くん、それって……」

告白の返事ですか?と問えば、益々耳は赤くなって行く。
そして、仙道くんはばっと立ち上がり、僕を睨み付けた。

「〜〜ッ!!帰る!!」

その目には今にも零れそうな程涙が溜まっていて、顔はやはり真っ赤だった。

「仙道くんっ」

「うるせぇ!!」

バタン!!と大きな音を立てて扉が閉まる。
仙道くんが飛び出していき、一人になってしまった部屋で、今あった事を思い出す。
すると、どんどんと嬉しさと恥ずかしさがこみ上げて来て、今度は僕の顔が真っ赤になる。
思わずしゃがみ込んで、この幸せを噛み締めた。



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -