※レンがアニメに出てくる前に書いたので色々おかしい。





「どっか遠い所連れてってくれよ」

櫂は、机に突っ伏して、呟くようにそう言った。
櫂はクラスで一番背が高い。だから教室にある机じゃ突っ伏すには少し低いだろう。きっとこの体勢は辛いだろうに、それでも伏せるのは顔を見られたくないからか。
俺と同じ小学生だけど、俺より大人に、中学生に見えるのに、中味は俺よりもずっと子供っぽい。

「遠くって、例えば?」

櫂の前の席に座り、顔を覗き込む。
櫂は機嫌悪気に眉をひそめていた。

「とりあえず、どっか、知らない人ばっかの所」

櫂は自分の家が嫌いだった。
遊ぶ時には絶対に家には連れて行ってくれないし、櫂の親を見たこともない。
家に行きたいと言えば、顔を青ざめさせて首を横に振る。そんな櫂を見て、きっと家庭的に何かあるのだろう、とあまり家の事は聞かない事にした。
時々、こうして櫂の様子がおかしくなる。そんな時は大体、家で何かあった時。それはなんとなくよくわかっていた。

「夏休みになったら一緒に、海とか、行こうぜ」

「そうじゃない」

そうじゃないんだ……と櫂はまた顔を見えないように腕の中に埋めた。
櫂が言いたいのがそんな事じゃない事はよく分かっている。
だけど俺には勇気がなくて、分からないフリをしてごまかした。

「……今度、俺ん家に泊まりに来いよ」

櫂は返事をしなかった。


櫂は、俺を、家出をする為のたった1人の信用できる人間として選んだのに。
俺には家出する勇気なんてなかった。

次の日には、櫂はいつもの櫂にもどっていた。



***




「櫂、今日一緒に帰ろうぜ」

「三和……悪い、今日はカードショップに行くから……」

櫂はヴァンガードが好きだった。それも、とても強い。俺が今まで会った人の中で一番強い。
だから、あまりの強さに櫂とヴァンガードをしてくれる人はあまり居ない。
どうせ負ける勝負なんかしてくれない。櫂が手加減した所で、勝てないのだ。

「強いやつ、居たのか?」

「ああ、俺も何回か負けた」

どうせ本気じゃないくせに。
でも、何となく櫂の笑顔が楽しそうで、まあいいかと思った。

「俺も行っていいか?そいつと櫂のファイト見たいし!」

櫂は、笑顔で「ああ!」と返事を返した。


***


店に入ると、客は何人か居た。
櫂は、目的の人物を見つけたのか、店の奥へと走り出す。

「レン!!」

櫂に付いていき、その人を見ると、そいつは真っ赤な髪で、目で、俺の方をふと見た。

「お友達ですか?」

何となく、苦手なタイプの人だと思った。
でも、見るからに年上で、多分高校生だから軽く頭を下げてあいさつをする。
櫂は珍しくはしゃいでいるようで、俺の事をその人に紹介し、何だかんだと喋った後、カードを買ってくるとカウンターの方へと行ってしまった。

「……あんた悪い人?」

「なぜ?」

雰囲気からして全然いい人には思えない。俺がもしこの人に突然道端で声をかけられたら、間違いなく逃げるだろう。そのくらい、何となく嫌な雰囲気を持った人だ。

「ショタコンなのか?櫂の事狙ってんの?」

「さあ、どうでしょう」

その人はクスッと笑って、選ぶのはあの子ですから。と呟いた。
俺は思わず寒気がして、こんなやつに懐いている櫂は、きっと両親に変な人に付いて行ってはいけませんと教わらなかったのだろうと、見たことのない櫂の両親を恨んだ。

「カード買ってきた!あんまいいの当たらなかったけど……とりあえず勝負しようぜレン!」

嬉しそうに笑う櫂が、どうしようもなく心配になって、とりあえず櫂の横の席に座った。

「賭けをしましょう」

「え?」

赤髪の突然の発言に、櫂は首を傾げた。
俺も驚き、そいつを睨みつける。

「そうでもしないと本気を出してくれないでしょう」

こいつ、櫂が手加減してる事をわかって勝負してたのか。つくづく気味の悪いやつだ。
にこにこと楽しそうな赤髪に対し、櫂は申し訳なさそうに顔を俯ける。

「別に怒ってるわけじゃない。それに、私もまだ本気を出してないですから」

櫂は、目を見開き、赤髪を見る。驚きつつも強いやつと本気で勝負できる楽しみ。そういうわくわくとした表情だった。

「……でも、賭けるって、何を?」

赤髪は、そうですねぇ……とわざとらしく呟いて、真っ直ぐに櫂を見つめる。

「私も小学生から何かを巻き上げるなんて気が引けます」

櫂は、ただ黙って話を聞いている。
俺も、何か言いたいのに何も言葉が出ない。
そいつは話を続ける。

「だから、もし君が私に勝ったら、私は君の願いを何でも一つだけ叶える……ってのはどうですかね?」

櫂を見ると、真っ直ぐに赤髪に視線を返し、真剣な顔をしていた。

「本当に、何でも叶えてくれるのか?」

「ええ。非科学的な事じゃなければ」

やばいと思った。
櫂の願いなんて、そんなの、決まってるじゃないか。


その後のファイトは凄いものだった。
今までこんな勝負は見たことないと言うぐらいの、凄い戦い。
櫂の本当の本当の本気なんて初めて見たけど、やっぱり櫂は、強かった。


「私の負けです。……さあ、願い事は?」

赤髪が、カードを揃えながら静かに言う。
俺は、櫂をただじっと見つめる。

「俺の、願いは……」

櫂は、今にも零れそうなくらいに目に涙をためていた。
やめとけよ、櫂。


「俺を、どこか遠くへ連れて行ってくれ」




***



その後の展開は早かった。
赤髪は「わかった」と頷き、途端に櫂は「荷物取ってくる」と走って店を出て行った。
俺は、櫂に何も言えなかった。

「……あんた、あいつの言ってる意味わかってんの?遊びに連れていけって意味じゃねぇぞ」

「ああ。家出って事でしょう?」

わかってて了承したのか。
こいつは本当におかしい。だって、櫂を連れて遠くに行くなんて犯罪者になるのはこいつなのに。
小学生で家出なんて、無理に決まってるのに。

「ふざけんなよ」

睨みつけて言えば、赤髪はクスクスと腹立たしい笑いを零す。

「自分に出来ないからって、私に当たらないで下さい」

俺は何も言い返せなくなった。


***


「櫂、本当に行く気か」

「ああ」

赤髪のバイクの後ろに乗る櫂は、いつもより小さく見えた。
赤髪は相変わらずの雰囲気で、バイクが妙に似合っている。

「そんなヤツについて行って、どうすんだよ。明日から学校とか、みんな心配するぞ」

だから、俺と一緒に帰ろうぜ。
そう言って差し出した手は握り返してもらえない。
櫂の手はしっかりと赤髪の服を握っていた。

「ごめん三和……」

「何でだよ櫂……!そいつに付いていって、何になるんだよ!そいつは高校生で、大人じゃないんだぞ!?」

俺たちと同じ、まだ子どもなんだ。
そう言うと、櫂はやっぱり少し泣きそうな顔をして俺を軽く睨みつけた。

「俺からしたら十分大人だ!なんでそんな事、言うんだよ……」

赤髪の背中に顔を埋めて、さっきより力強く赤髪の服を握る。
泣いてるのかも知れない。俺も泣きそうだ。

「もういいですか?」

赤髪が冷たく言い放つ。
櫂は小さく頷いた。
俺は、何と言えば櫂がこいつについて行かないかわかっているのに、その言葉がどうしても言えなかった。

「もう、会えなくなるのかよ」

そんなの嫌だぜ、俺。
思わず涙が零れ落ちた。
それを見た櫂は、顔を歪め、つられたように涙を零す。

「だって三和は……!」

そこまで言って、櫂は黙ってしまう。何が言いたいのかは分かっているから、何も言い返せない。

「行こう、レン……」

櫂は、赤髪の背中にぎゅっと抱きつく。
赤髪は軽く頷く。

「櫂、絶対、戻ってこいよ」

櫂は返事をしてくれなかった。






それから四年後、帰ってきた櫂は、なんだか俺の知っている櫂と少し違っていた。
ふと、あの時の赤髪の嫌な笑みを思い出した。


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