今日の二限と三限の授業はぶちぬきでマラソン大会という全くもって嬉しくないイベントだった。

マラソン大会って高校になってまですんのかよ。長い長い距離をただ走るだけという拷問のようなイベントは、普段の授業を潰してまでする事なのだろうかと本気で不思議に思う。別に英語も物理も好きじゃないからいいけど、普段突っ伏して寝ているあの2時間という時間を走らなければいけないのかと思うと、既に今からしんどくて吐きそうになる。

まあ適当に櫂とだべりながら、ゆっくり行けばいいかと思っていた。順位なんてどうでもいいから、時間以内にゴールできれば何でもいい。
そう思っていたのに、あいつは平然と俺を裏切った。



「今日は少し熱があるので見学させてください」

マラソン大会の為に、グラウンドに同じ学年の生徒が集められガヤガヤとうるさい中、櫂は近くに居た先生に一枚の紙を差し出した。
ちらっと見えた紙の内容に、ああ、こいつサボる気だと全てを悟った。

それは、保健室で貰える紙で、保健の先生のサインと、今の櫂の体温であろう『36.6』という数字、それに『熱があるので今日の体育は見学させてください』という一文が添えられていた。

「おおそうか、わかった。あの日陰のベンチのところが見学者の待機位置だからスタート前にあそこまで来い」

「はい、ありがとうございます」

目の前で、話が進んで行く。
いや、先生騙されてるって!と思いながらも何も言わず、ただ無表情で嘘をつく櫂を見ていた。



「この裏切り者」

「熱があるんだから仕方ない」

「……嘘のくせに」

お前平熱36.5ぐらいって言ってたじゃんか。
櫂はよく見た目や性格のイメージから平均体温が低いと思われがちだが、実は体温はそんなに低くない。手を繋ぐとあったかいし、むしろ俺の方が低いぐらいかも知れない。
だけどやっぱり見た目だけだと体温が低いやつに見えるから、体温計が表示する櫂の平熱を見て、熱があると思い込んでくれる。ずるい。本気でずるい。

「平熱何度って言ったんだよ」

「35.8」

「うわ、早退させられずにちょうどサボれるぐらいだな」

「それでも意外と高いと言われたぞ」

「あーうん、平熱35.2とかぽいもんお前」

あーくそ、俺も何とかしてサボればよかった。櫂も居ないのに1人で走って何が楽しいんだ。
櫂は「がんばれよ」と適当に言葉を残して、見学者の集まるベンチへと行ってしまう。
ああ、つまらない上に苦しいだけの最悪の2時間が始まる。

俺もしぶしぶながらスタート地点へと向かった。




「よし、じゃあ始めるぞー!……よーい」

パァン!

先生の声と爆竹の音が鳴り響いて、生徒が一斉に走り出す。
みんな先生が見ている今だから一生懸命のフリをしているだけで、学校から出ればだらだらと歩き出すのだろう。もちろん俺もそのつもりだ。
走りながらちらりとベンチの方を見れば、櫂と目が合う。
5つほど並べられたベンチに座る15人くらいの見学者の殆どが女子の中、端っこにぽつんと座る櫂は、俺を見てにやりと笑った。
なんだよそれ腹立つな!
はあ、とため息をつきながらもとりあえず走り、学校の敷地を出て先生に見えないところまで来たので歩き始める。

今ちょっと走っただけでこんなにしんどいのに、2時間走るだなんて馬鹿じゃないのか。
このイベントは学校を出て、指示通りのコースを進めばちょうど半分の地点に先生が数人待機していて、そこで名簿にマルをつけてもらい、学校へとまた走り出すという仕組みだから、不正ができない。
なんでそこまでして俺たちを走らせたいのだろうか。本当に、俺もサボればよかった。先生、なんか右足が痛い気がするから引き返していいっすか。
うだうだと考えながらも、結局はまあ走るんだけど。ほら、俺意外に真面目だから。

ポケットからケータイを取り出し、イヤホンを繋ぐ。真面目な俺でも音楽ぐらい聞かなきゃやってられない。だって何かむなしいじゃんか。
ケータイを開き、全曲シャッフルで音楽を流しながらふと、櫂は今携帯を持っているのだろうかと考える。
まあ、持っていても先生が近くに居るだろうし返事なんかくれないだろうなぁと思いつつ、メールを送ってみる。

『裏切り者!』

送信してからケータイを閉じて、小走り程度で走り出す。
前には沢山生徒が走っているし、後ろにもまだ沢山の生徒がいる。
真ん中ぐらいの良くも悪くもない順位でゴール出来たらそれが一番望ましい。頑張らないし、怒られもしないくらいが丁度いい。
適当に前を走っているやつについて行くぐらいのスピードでゆっくり行こうか。
なんて考えていると、今までただ音楽を流していたイヤホンから突然メール受信音が聞こえる。ちょっとだけびっくりした。
ポケットからケータイを出して開いてみると、櫂からのメールだった。
応援の言葉でも書いているかとわくわくして中を見る。

『走れ』

正直がっかりというか、あいつらし過ぎてちょっと笑える。全力じゃあないけど走ってるよちくしょう。
ただでさえゆっくりの小走りだったのを、もっとスピードを落としてメールの返事を打つ。

『こんなに愛してんのに恋人に応援の言葉もねえのかよ』

櫂、俺さみしい。1人で走んの超むなしい。ていうか既にしんどい。
送信してからまた小走りして、メールを打ってる間に抜かされた分を取り戻す。
それにしても2時間って長いなぁ、1日の12分の1だもんなぁ。
早く走れば早く終わるなんて分かってる。だけどしんどいのはすげえ嫌だ。
ため息をつきながら小走りで進んでいると、またメール受信音が鳴った。
どうせ変に照れてそれを隠すような暴言メールが来るだろうと思っていた。だから軽い気持ちでメールを開いたのに。
それなのに、あまりの内容に、足が止まる。
後ろのやつらにどんどんと抜かされていく。
でもそれどころではない。


『愛しているなら早く戻ってこい』


「なんだよそれ……」
思わずにやけて、小さいながらも声に出してしまう。
素直じゃないくせに、どういうタイミングのデレだよ。まったく、クソ……嬉しい。こんなんで嬉しいとか俺もやばいな。
でも嬉しいものは嬉しいんだから仕方ない。
テンションが上がって、何か、今なら走れそうな気がする。
メールに返信はしないでそのままケータイを閉じてポケットへとつっこむ。
靴の紐をぎゅっと結びなおして、軽く深呼吸をする。

そして、思いっきりに、全力で、足に力を入れて、足を前に出して、走り出す。
いきなりの俺の全力疾走にまわりのやつらは驚き、ぎょっとした顔でこっちをみてくる。それを、どんどんと抜かしていく。
だらだらと走っているやつら20人くらいを抜かして、それでも走る。まだ半分にも遠い。
既に息が上がって、正直つらいし、ただでさえ走るの嫌いなのに、全力で走る。

途中クラスメートを抜かした時に、笑いながら「どうしたんだよ三和真剣じゃん!メロスかよ〜」だなんて声をかけられたから、笑顔で「愛の為だよ!」と返せばなんだそれと笑って返された。
いや、俺は真剣だぞ。愛の為に。

暇そうにベンチに座り、俺を待つ櫂の姿を想像しながら足に力を入れる。
ゴールしたら真っ先に櫂に抱きつきに行ってやろう。あいつは嫌がるかも知れないけど、それはそれは思いっきりに抱きしめてやろう。
まわりのやつらはじゃれてるだけと思うだろうが、俺の愛は本物だ。
スタートダッシュが遅かったからどうなるかわかんねぇけど、20位以内には入ってやる。上位を占める陸上部やらサッカー部やらの中にひとりカードファイト部。それってすげえ面白くね?

待ってろよ櫂。そして俺の愛を思い知れ!




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -